この記事書き始めたの9月にだったのにもう10月終わる。
気分屋過ぎる。
緊急事態宣言がいったん解除されたから旅出たいけど流石にまだなぁとなりがち。
ラインが難しいね。
こんにちは、しゅー太です。
前回の旅記事から3か月経って俺もどこまで書いたか忘れてる・・・。
熊本で太平燕食べたところまででしたね。
では、翌日朝起きた後のところから。
[3日目:2018年3月8日(木) AM7:30]
少し早い時間の熊本駅。
こんな時間に駅にいるのは、これから向かう先が少し遠いというのがあります。
次の観光先。
その名を吉野ケ里遺跡。
中学や高校の日本史で聞いたことあるやつ筆頭の遺跡ですね。
九州一周する際にはぜひ寄りたいと思っていたところ。
行かないわけにはいきません。
吉野ケ里遺跡には熊本駅から鳥栖駅での乗り換えを行い、吉野ヶ里公園駅という駅へ向かいます。
時間としては2時間くらいなので到着予定時間は9:30頃。
2時間と少し長い移動になりそうですね。
そんな感じで列車に乗車し、ゆったり揺られていましたが、
目的地が近づくにつれて雨脚が増してる・・・。
調べてみるとここから夜にかけてかなり激しくなっていく様子。
駅に到着するぎりぎりまで悩みました。
こんな雨の中、吉野ヶ里遺跡を歩きまわるのか?
正気か?頭大丈夫か?
まぁ、こんな旅してる時点でこちとら頭正気じゃないんでね!(大声)
つまりはそんな訳で素晴らしい歓迎を受ける中、吉野ヶ里公園駅に到着し躊躇わず下車。
流石に普通の傘を持ち歩きながら旅をしていたわけではないので、折り畳み傘で応戦。
負けたけど。
この時点ではまだましでしたが、当日の午後は長崎で暴風警報が発令されるような気象状況。
察して♡
勝てるわけないだろ。
辛い思いをするにも関わらず、寄った理由は二つ。
まず、今回を逃すとまず来る機会がなさそうだったこと。
雨だとしても実績は解除しておきたい。
もう一つは、本当であれば長崎の観光が終わった後、佐賀の唐津経由で福岡入りしようと考えていました。
唐津くんち(唐津のお祭り)の資料館である曳山展示場に行きたかったからですね。
あとイカちゃん食べたかったの。
ただこの暴風雨のせいで、明日(3/9)長崎で予定していたイベントがなくなってしまったのですが、「3/10に参加できるなら振り替えるよ」と言われてしまったので、悩んだ末、長崎の滞在予定を元々の1泊から1日追加して2泊にしました。
その1日分のリソースを唐津観光の分から調達することにしたため、佐賀観光を一切しないまま九州一周をするというマヌケを晒してしまいかねなかったので、このタイミングで強引に観光することにしました。
料金は大人460円。
年パスもあるけどどれだけの人が利用してるんだろう。(小声)
広さは約36ヘクタール。東京ドーム7.699711個分だよ!わかりにくいね!
東京ディズニーランドが約51ヘクタール(※2021/10/31時点)らしいので、大体東京ディズニーランドの7割くらいの面積って言った方がまだイメージできる人多そう。
弥生時代は狩りのために移住していたそれまでの生活様式と異なり、定住化が根付くという今の私たちの生活様式の原型が始まった時代でもあります。
弥生時代は約700年もの歴史がありますが、吉野ヶ里遺跡ではその700年分の痕跡がすべて見つかっており、弥生時代がどのように変遷していったかを知ることのできる貴重な資料となっています。
初期には「ムラ」がぽつぽつとでき、次第に「クニ」へと発展します。
吉野ヶ里遺跡を代表するのは何といっても国内でも最大規模の環濠集落だという点です。
弥生後期には外濠と内濠の二重の環濠ができ、外濠についてはV字型に深く掘られており、約2.5㎞に亘って敷かれている。
他には、敵の侵入を防ぐために壕の中と外に木柵・土塁や逆茂木を、見張り等の目的で櫓が複数設置されており、防御にとても厚い作りとなっていました。
まさに要塞っすね。
さて、ここまで堅牢にするのには理由があり、一般的にや弥生時代は争いの時代と認識されています。
正確には「人間同士の争いが始まった時代」です。
なぜか。理由は「稲作」です。
弥生前の縄文時代は動物を狩る生活が中心でした。
多少縄張り争いがあったとしても、殺し合いまでする理由はありませんでした。
別の場所で狩りをすればいいだけだしね。
しかし、「稲作」は違います。
米を作るには大雑把に
①水が引ける
②稲を育てられる
条件を持つ土地が必要で、どこにでもあるわけではありません。
そして米は収穫後に保管するので一種の財産となります。
またこの頃は今でいうお金の役割も担い始めました。
となると後は簡単で、先に誰かが抑えてしまった土地が欲しかったらどうするか。
「米を制すものが時代を制す」。米をめぐって争いが起きたという訳です。
そのためその土地や財産を守るために環濠などを敷くこととなりました。
過剰ともいえる守りは、当時の混沌さを表しているのかもしれませんね。
"閑話休題"
吉野ヶ里公園駅からは歩いて10分ほどの距離。
とは言え、この雨の中ではちょっときつめの距離。
道はほぼ一本道なので、迷うことはないと思います。
周りは畑だらけだし余計にね。
流石にこの大雨の中でカメラを構えて外観を取る余裕はない。
なので、いきなり施設の中の風景からお届けします。
一通り一周して、大体一時間くらいでした。
寒いし、雨強いしで長居してもいいことないのでここで撤退。
今度は晴れてるときに来たいっすね。・・・いつかな。
さて、ゲートから退場して駅に向かおうと思った矢先、なんか左側の視界がおかしい。
視界の上半分が見えなくなってる。
園内のトイレに駆け込み鏡で確認してみると、なんと左目のまぶたの上にできものが。
・・・まぁ、大体こういうのって疲労が原因なんですよね。経験則ですけど。
振り返ってみると、九州来てからまともな睡眠環境じゃなかったなぁとかぼんやりとすぐに思い至る理由もあってなんだかんだ冷静でした。
初日はカプセルホテルに泊まったけど、空調が全く息をしてなくて暑い中夜を過ごさなくてはならず、2日目はネカフェ泊のため室内は常時明るい+物音が響くという環境での睡眠という。
おかげで快眠とはいかず、3時間おきに起床を繰り返す日が連続し疲労が累積。
結果、体調に反映される結果となりました。
旅してるときは普段より体力とか使ってるんだから、こういうところはしっかりしないとさぁ・・・。
一応、今日は元々長崎のちゃんとした宿に泊まる予定なので睡眠の心配はいりません。
が、問題は今日の予定。
事前のチャートではこの後、天草によって観光してから長崎に入る予定でした。
しかし、この体調の変化と何より天候の回復が見込めないこともあり、やむを得ず長崎に直行し、早めに休むことに決めました。
吉野ヶ里遺跡から長崎まではおおよそ4時間ほど。
何回か乗り換えなどはありますが、車内では少し眠って体力回復に当てました。
車じゃ移動中こうはいかないから助かる。悪天候の中、運転でさらに神経をすり減らすこともない。
そして14時40分ごろに長崎に到着。
長崎に来るのは中学の修学旅行の時以来なので、8年ぶりくらいですね。
そんな感傷に浸ったのは一瞬で、もう歩きたくないくらいにはクタクタだったのでさっさと宿に向かいましょう。
雨はもうほとんど降っていませんでしたが、風がめちゃくちゃ強い。
これ以上の負担は望むところではありません。
その前に近くのフードコートによって遅めのお昼。
この状態で飯抜きは無謀すぎると体がアラートを出してた。
食べ終わって少し休んだら移動開始。
宿は駅から徒歩10分程度の所にある2階建ての昔ながらのビジネスホテル。
民宿に近かったかも。
16時前にチェックインして速攻で畳にお布団を敷いておやすみ。
次に目が覚めると、時刻はなんと20時を回ってる。
大体4時間くらい寝てたのか。
(長崎来てまだなんもしてねえ。)
とりあえず今日中にやらないといけないのが洗濯なので、宿の洗濯機でぐるぐるさせている間にちょっと考える。
と言っても洗濯が終わるのが大体21時頃なのでできることなんてたかが知れている。
そう、晩飯どうすっかなぁ。
明日は佐世保バーガー(!)を食べる予定なので、出来れば今日長崎ちゃんぽんを食べたい。
というかもうこのタイミングしか食べられる時がないかもしれない。
でも起きた時間のせいもあって、提供している有名なお店はもう大体閉店してるっぽい。
なんとかできねぇかなとスマホで検索してると、長崎駅の駅ビルにあるロイヤルホストでは、なんとこの店舗限定でちゃんぽんが食べられるらしい。
「ロイヤルホストのちゃんぽん」が食べられるというのもある意味レアだよね。
という訳で、再び駅前に移動。
そして迷わずロイヤルホストに入店しちゃんぽんを注文。
普通にうまかったです。
なんでこんな簡潔なのかって?
そう!何故か写真が見つからないのである!
写真ちゃんと撮ったはずなのにどこを探しても見つかんねぇ。ほんと何故だ。
ちなみに佐世保バーガーもここでいただけます。
佐世保まで寄る時間ねぇよ。とか、列車の待ち時間でちゃんぽんも佐世保バーガーも食べたい。といった欲望があれば長崎駅ビルのロイヤルホストで満たせるのでぜひどうぞ。
この後は腹ごなしに30分くらい駅回りを散策して宿に戻る。
明後日の3/10に振り替えることができたイベントも結局明日の天候次第でどうなるかわからんので、無事開催されることを祈って就寝。
次回は翌朝起床したところから。
年内にもう一つ記事かけるといいね。