しゅー太の奇譚回想記

興味の赴くままに、風のようにふらふらと

【レビュー/感想】マジックで描く青春ミステリ『午前零時のサンドリヨン』

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今回は右の作品。左は続編。

ティーンズが主人公の本は、本の世界に没頭した際にこちらもそのくらいの年齢のつもりになれるから好きです。

当時をやり直したいという心の表れなのかもしれません。

実際には戻れなくても本を媒体として懐かしんだり、後悔したり、自分の心に働きかけるトリガーになるので、個人的に好きなジャンルになります。

あと登場人物が恋愛してる作品が多いので、ほっこりします(笑)

 

さて、今回紹介するのはこちら

www.tsogen.co.jp

 「午前零時のサンドリヨン

2009年出版なので今から10年も前の作品になります。(というか2009年がもう10年前という事実に驚きを隠せない・・・。)

 

先に言っておきますが、ネタバレはほとんどないと思います。

ミステリでもあるので、気になった場合は実際に購読してみてください。

あとレビュー・感想とは書いてますが、ネタバレを控えながら書くので、がわだけ抜きとった印象になっています。

 

話のあらすじとしては、教室でいつも一人で、物憂げな表情を見せるクールな女の子、「酉乃初」に一目ぼれした「須川くん」はある日姉に連れられ、マジックが見られるレストランバーを訪れる。そこで驚きの光景を目撃する。それはいつもと違う、初めて触れる声や表情でマジックを披露する酉乃さんの姿だった。その日から、学校で起こる不思議な出来事を通して、須川君は酉乃さんと距離を縮められるのだろうか・・・といったものです。

 

ジャンルとしては【ミステリ×青春モノ×(微)恋愛】といったところ。

本作の特徴としては、ミステリを楽しめるのは勿論ですが、どちらかといえば、「なぜ事件(あえて”事件”という表現にするが)が起こったのか」といった原因に由来する登場人物たちの心情の変化や抱えているものに焦点を当て、思春期の少年少女たちに生じやすい葛藤を丁寧に描写しているところにあります。

 

この「高校生の描写」がまた何とも言えないリアリティを感じさせてくれます。

「確かにこの年齢の子たちならそういった考えをするだろうな」と表現にわざとらしさを感じさせずにそう思わせてくれるのがとてもgood。

 

基本的に須川君の一人称を視点に話が構成されており、謎にまつわる情報を集め、(人助け半分、お近づきになりたい気持ち半分の「協力してもらう」という口実で)酉乃さんのところへ持っていく流れになっています。

 

さてここで須川君の紹介をしたいと思います。

彼は「男女ともに仲のいい友達が多い」というこのタイプの小説にしては結構珍しい人物だと思います。そもそも偏見ですが、現実に読書が大好きという高校生は「顔が広い」といえるキャラクターを持ち合わせている人は少ない気がします。。。

ただ、サンドリヨンの世界では文科系の部活(またはそういった活動が好きだという人)が中心に出てくるので、世界観を壊さない設定にしているのかもしれません。繋がりが広ければ話を展開させやすくなりますからね。

話が脱線しました。

須川君の性格ですが、「困っている人をほっとけない」タイプの人間で好感が持てます。最近流行りかどうかは世間事情に疎いのでわかりませんが、無気力・やれやれ系ではないため積極的話の中心へ絡んでいきます。

とは言え、謎を解くのは彼ではないため、同ジャンルの他作品と同様に探偵役は彼に巻き込まれて事件解決という形になります。

まぁ、探偵役で自己完結していたら他の役がいらなくなってしまうので、仕方ないところですね。人間関係を通した心理的成長を描くのには交流は必須ですから。

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よくない


そしてこの須川君は酉乃さんとお近づきになろうとするのですが、意外とヘタレではない。積極的に酉乃さんとお昼を一緒に食べようとするし(流石にみんなのいるところでは誘わない、誘えない)、なんとか会話をしようと話のタネを探して繰り出す。昨今にあまりみない、受け身ではない姿は応援したくもなります。たまに地雷を踏みぬいて酉乃さんを静かに怒らせるのはしょうがない。 

 

ここから少し注意点。

 

本作は、「マジック(手品)」というのが核に据えられているのですが、勘違いしてはいけないのが「必ずしもトリックの種にマジックが使用されているわけではない」という点。使われている話も勿論ありますが、基本的には酉乃が不器用な自分の心を伝える手段として用いられています。全てが『マジックを使って何か事件を起こす話(=酉乃さんがマジックを用いて事件を概要を暴く話)』だと思って本書を読むと「ん?」と感じる箇所が出てくるかもしれません。

 

それから個人的に一番違和感を持った部分がありました。

それは物語初期における須川君の行動です。

須川君がほぼ推理をしないのです。「探偵役は酉乃さんなんでしょ?おかしくないでしょ?」と思われる方も多いと思います。

どういうことかと言うと、須川君は冒頭で酉乃さんに対して「ミステリが好き」と発言しています。

 

高校生くらいであれば、「ミステリ好き」を自称している以上、不思議な事象に遭遇した際には、まずは自分の力で推理し謎を解きにかかるものだと思うのですが、須川君は最初から努力もほぼせず「酉乃さん頼み」だったのがどうにも引っ掛かりました。まぁ、私の「高校生はこういうものじゃないのか?」という価値観の問題でもあるので、「そういう人もいるだろう」で解決する疑問点ではある。あまり細かく気にしなくてもいいのかもしれません。

 

ただ、視点を変えて後半における須川君の成長への布石、「謎を解くこと<酉乃さんと仲良くなること」などを考えるとこの点は納得しやすいと思います。

 

とは言え、「ミステリは好きじゃない」と明言している酉乃さんに話題に困るからってミステリ小説の話や遭遇した謎が不思議(ミステリ好きとして謎を解明したい)だからと手伝ってと言って持ってくるのは悪手じゃないかな、須川君。。。

 

ただ、須川君が見て聞いたものを酉乃さんがまとめて答えへと導く、という形は二人がそろって始めて完成するという「互いの足りない所を補い合うに人間の在り方」を示しているようにも取れます。色んな意味で一つになれるのか、見どころですね。

 

本書は全体で380ページですが短編4つからなっていますので、気張らずに読めると思います。面白いのでぜひ、読んでみてください。 


読み終わったら続編である「ロートケプシェン、こっちにおいで」も手に取りましょう。

あちらはまた構成が少し変わっており、より読みやすく程よいシリアスも楽しめます。

 

今回あまり酉乃さんに触れませんでしたが、彼女の掘り下げが本作の中心になるので、ネタバレになるかもと書くのは控えました。

ただ、最後に少しだけ書こうと思います。

割とネタバレしてると思うので見たくないなあという場合はここでブラウザバックでお願いします。

 

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酉乃さんは『フェイ(魔法使い)』になりたいのだと言う。しかしそれは彼女の抱える心情の裏返しだ。誰かに必要とされる存在でありたい、そんな思いから魔法で誰かを救いたいと彼女は願う。1度は傷つき、その恐怖から他人とは関われなくなったとしても寂しさからはどうしたって逃れられない。そう、『魔法をかけてくれる存在』を誰より求めているのは酉乃さんに他ならない。

 

さあ、酉乃さんの謎を暴け。

彼女の『フェイ』になれるのは君しかいないのだから。