しゅー太の奇譚回想記

興味の赴くままに、風のようにふらふらと

鉄道日本一周-<九州編>① 鹿児島(知覧・桜島)

こんにちは、しゅー太です。

 

緊急事態宣言下だろうが普通に仕事もしてるし、やることなんも変わらない。

飲食店等に時間の関係で行きにくくなったのが、マイナスですかね。

特に映画館。

レイトショー好きだったから、営業時間短縮が一番自分に効いてる・・・。

仕事帰りの楽しみでもあったので、これがある種日常の象徴とも言えるかもしれないです。

なので、やっぱりいつもとは違う「いつも」になったんだなと最近は感じます。

とりあえず三月の新エヴァを楽しみに生きます。

ちゃんと終わるといいなぁ。

 

まぁいつもと違うのなら、せっかくだし楽しかった非日常を感じよう。

と言うことで今回から九州一周編をまとめていこうと思います。

ここはいつもの自己満足。

 

時期は2018年の3月。

大学を卒業する頃で、社会人になる直前ということもあり、「今後の人生でここまで余裕ができることはまぁそんなないだろう」と思い、最後にと贅沢に8泊9日での一周行程になりました。(終わった後、屋久島行ったり京都に一週間弱居たりもしましたけど。)

 

今回お世話になるのは、勿論青春18きっぷ

いつもの。もはや恒例。これなしでは生きていけない。

今回はだいたい10日分必要なので、2枚購入。

これで怖いものはない。

あと、この旅からせっかくだし写真をもっとたくさん撮ろうと思い立ちコンデジを購入。でかい旅の前にちょっとした出費になってしまった。

秋にはミラーレスを購入したのでこの旅以降一回も使っていません。

 

では振り返っていきますか。

書いてて思い出したけど、正確に一周はしてなかったね。

マジか。

 

[1日目:2018年3月6日(火)]

九州を一周するにはまず当たり前ですが、九州に降り立たなくてはいけません。

そして、そもそもこれは日本一周の一環でもあります。

となると、鉄道で関門海峡を越えて九州入りするのがセオリーかなと思いましたが、

今回は飛行機をしようすることにしました。

理由は簡単。

時間もかかるし、金もかかる。

この時は「鉄道一周をする場合、新幹線は使用しない」という縛りを設けていた(別に使ってはダメな訳ではなく、「新幹線で通過した場所は攻略扱いにしない。別途走破する。」という考えを持っていた。ただこの時「後で走りなおす」という考えが何故か頭の中に浮かばなかった。多分一度在来線で通った場所じゃなければ使いたくない、とか思ってたんだと思う。)ので、鉄道はなし。仮に新幹線を使ったとしても、費用もばりかかる。

少しでもケチりたかった貧乏性のおかげもあり、速攻で没案と相成りました。

合理的な理由もあって、一周ルートを構築していたときに福岡辺りからスタートすると右・左回り関係なく、行きたかった場所を巡ると微妙に列車の時間等がかみ合わず、効率の悪い動き方になることがわかりました。

ならばいっそのこと他の場所からスタートした方がいいのでは?となり、

飛行機鹿児島空港を目指すことに落ち着きました。

屋久島行く際にも利用するので、下見もしたかったんだよ(言い訳)。

 

LCCを利用しましたが、当時の料金が往復で2万円。

安すぎる。移動するだけなら本当に便利。とは言え何かあった際のフォローが薄いから、不安な人は普通に大手を利用することを進めます。

(この旅自体にかなりお金がかかることがわかってたから、始まる前の費用はなるべく抑えたくて今回は使用しました。)

手段で言うなら、かの有名な高速バス「はかた号」も試してみてはいかがでしょうか。

乗車時間は14時間で、今はかなり快適に向かえるらしいですよ。

深夜バスには乗るなって家訓にも書いてあるので、僕は絶対乗りません(鋼の意思)。

 

さて、というわけで自宅を出発し横浜駅へ向かい京浜急行羽田空港まで向かいます。

羽田空港自体利用するのは多分高校の修学旅行で沖縄へ行った時以来。

いつかじっくり空港の中を散策したいですね。

んで、LCC(今回はスカイマーク)の搭乗口へ向かうが、くっそ遠い

格安だし仕方ない。でも時期によってはLCCでも普通に値が張るよね。なんで?

7:55発の鹿児島行きに搭乗し、無事出発。

鹿児島ではまず知覧へと向かいます。指宿も目指そうかと思ったのですが、まぁ一人でしたいことがあまり思いつかず行くだけになりそうだったので、スルーします。

最南端の駅があるので価値がないわけではないですが、それは、まぁ次回と言うことで。

 

で無事到着したんですが、この日なんと霧島山新燃岳)が噴火

えらいタイミングでこっちに来てしまった。

 到着前くらいからちっちゃい噴火をしていたらしく、14時ごろから16時ごろまでの間に4回爆発的な噴火をしたようでした。

鹿児島からの熱烈(物理)な歓迎に身を震わせる。

幸いこの旅を通して影響等は全くでなかったのでよかったですが、桜島を含め常日頃から噴火と共に生活している人たちには尊敬をしています。

 

自然(災害になるかは別の話だけど)と共に生きるということであれば海沿いで暮らす人たちや、日本に住むだけで地震とは切っても切れなくなるから、そういう脅威は改めてそれぞれの生活の一部として当たり前に組み込まれているんだなぁと思いました。(作文)

f:id:resyuta:20210207182856j:plain

このハイカラな建物は鹿児島中央駅

鹿児島空港から主要な場所に移動する場合は、(リムジン)バスを利用します。

初見の時は「え?これ?団体客用とか別用途だったりするやつじゃないの?」と思うこともありますが大丈夫。

案内に従って乗り場の待機列に並んでおきましょう。

ただし、乗車前に切符を購入しておく必要があるので、それは忘れないようにしておきましょう。

最悪後払いでも対応してもらえるとは思いますが。

 

鹿児島空港からバスで向かうのは鹿児島中央駅

ここが、鹿児島の中心地になります。

間違っても鹿児島駅には乗り継がないようにしましょう。

桜木町行きたいのに神奈川県で言う「神奈川駅」に行くようなものです(偏見)。

駅の規模的には鹿児島の方がマシ。

 

 鹿児島空港から鹿児島中央駅までは3,40分くらい。

料金は現在大人一人1300円です。

リムジンバスだし仕方ないね。

 

鹿児島中央駅は写真からもわかる通りかなり大きい駅です。

ここは在来線である指宿枕崎線鹿児島本線の2線の他に九州新幹線が乗り入れています。新大阪駅から来ようと思えば鹿児島まで一本で向かうことができます。

在来線で鹿児島へ向かうのはお勧めしません(当たり前)(理由がない)(この後一周して戻ってくる)。

 

観覧車の方はアミュプラザ鹿児島というJR九州が運営する駅ビルです。

そもそも各地のJRは国鉄での再三にわたる赤字再建計画が失敗に終わったことで、民営化し分離するに至りました。

その際ドル箱路線を持たない地方JR3社であるJR北海道、四国、九州については債務を負わせず、JR東日本、関西、東海が引き継ぐことになった。

(新幹線を東海に取られた東日本が東海にキレてるの好き)

 

国鉄時代からの問題でJR九州は分離化した段階で、収入に対して事件費が半数以上を占めていました。そのための解決策(とまでは言えないですが)として様々な事業に手を出していて、その中の一つに不動産事業がありました。

不動産事業の利点の一つが不景気の中でも利益を出しやすいという所です。

安く土地を買って、そこに駅を設置し、価値を上げたうえで住宅開発などを実施する手段が取れます。賢い。

必然的にお金が落ちてきやすくなりますね。

もう一つが、駅ビル事業です。

こちらは都市圏の駅やターミナル駅を中心として開発しています。

また、駅ビルのテナントの一部には、先に上げたJR九州が手を出していた事業を入れ、鉄道事業もろとも盛り上げようとしました。

JR九州ではこの事業展開が功を奏し、かなりの利益を出すことに成功、今では鉄道事業の赤字を補填できるまでになりました。

駅ビルはJR九州を象徴するものと言っても過言ではないですね。

(勿論駅ビルは九州だけが行っているものではありませんが。)

 

移動手段から直結して遊ぶ場所まで提供できたのが強いよねって話。

 

さて、話を戻して。

そんな鹿児島中央駅からまず初めに向かうのは知覧です。

列車でもまぁいけないことはないですが、最寄り駅まで4,50分移動、その後バスで30分くらいかかります。乗り換え面倒。

そんなわけで鹿児島中央駅から目的地までバスが出ているので、普通にバスを利用します。18きっぷで途中までの料金をカバーできない分値段はかかるけど正直最終的にかかった額から見たら誤差。ちなみにこの日は一分たりとも列車を使いません。

初日は鹿児島から出ないし、遠出は知覧だけなので。

 

知覧の何処へ向かうかと言うと「知覧特攻平和会館」を訪れます。

www.chiran-tokkou.jp

知覧特攻平和会館までのアクセスはこちら。

バス停名は書いてありますが「特攻観音入口」という所です。

移動時間は1時間20分くらいです。

うーん長い。

料金は現時点で940円。

www.city.minamikyushu.lg.jp

 

知覧特攻平和会館第二次世界大戦の末期、沖縄戦において自爆特攻をした兵士たちの遺品などをフロアいっぱいに展示しています。

f:id:resyuta:20210221235722j:plain

知覧特攻平和会館のしょーめん

中の展示で一番多くて、心に重く響いたのはこれから特攻する兵士から遺族への手紙(遺書)でした。

古い字体のものもありすべては読めなかったのですが、やはり考えさせらるものがありました。どうして若い人がわざわざ命を散らさなくてはいけなかったのか。

読みながら涙を流している人もいました。

館内の空気は自然と重めなので、静かに見ることができます。

また移動ルートの最後には、引き上げられた実際の零戦を見ることができます。

f:id:resyuta:20210222003525j:plain

実物見たのは初めてかも

 もっと中の写真を撮ろうかと思ったのですが、館内の空気感と展示物も展示物なので流石にやめました。鹿児島を訪れた際は是非お立ち寄り下さい。

 

普通に省いたけど、第二次世界大戦末期に起こった沖縄戦の説明っている・・・?

いらないよね?

 

一応簡単に。

1945年の3月末から6月末ごろにかけて続いた戦いで、知っての通り多くの犠牲者を出しました。この戦い自体はその後に想定されていた本土決戦までの時間稼ぎを目的とされ、所謂捨て石の扱いを受けていました。

連合国側、まぁこの場合はアメリカ軍ですが、アメリカ軍が沖縄を攻めた理由としては本土進攻の前に補給基地を置きたかったというのがあります。

 

ハワイとか遠すぎるからね。

 

本土決戦までの時間稼ぎの他に一部では「とりあえず相手に大損害を与えてなるべく有利な条件で講和を結ぼう」派もいたようですが、結局沖縄戦で敗北を喫ししたため泡と消えました。

残念だったね。

 

沖縄戦が敗北濃厚になったため、沖縄戦が集結する手前くらいで「ソ連に間に入ってもらって終戦のための講和を結ぼう」という動きもありましたが、ソ連は同年2月にヤルタ協定(※)を結んでいたため実現することはありませんでした。

ヤルタ協定:日本が敗北したあと、土地とかの戦利品をどう分配するかを中・英・ソで取り決めたもの。ちなみにこの時ソ連日ソ中立条約を結んでいて日本と戦争してなかったが、連合国側から条約を破棄して参戦を要求され応じた。

そもそも中立条約はドイツとバチバチやってる最中に後ろから日本に刺されたくなかったから結んだというのもあったから、ドイツが消えた今結び続けるメリットはないし、仕方ないね。

 

雑な説明終わり。

 

滞在時間は大体1時間半くらいでした。

知覧特攻平和会館の前には何機か実際の航空機が屋外展示されてもいます。

ここを出たのが14時過ぎでいったん鹿児島中央駅へ戻りますが、普通に15時過ぎるので何かするには微妙。

結構迷いましたが、もう一か所行くことに。

元々今日行くことを想定はしていたので、予定通りと言えば予定通り。

 

鹿児島中央駅に戻ってきたのは15半過ぎ。

ここから市電を乗り継いで水族館口という駅を目指す。

駅名の通りこの近くには「いおワールドかごしま水族館」があります。

ioworld.jp

面白そうですが、今回の目的地はここではありません。

この水族館のお隣、ここに鹿児島港桜島フェリーターミナルがあります。

はい、名前からわかる通り桜島へ向かいます!

桜島フェリーについて↓

www.city.kagoshima.lg.jp

ここの乗車券販売所では桜島周遊バス「サクラジマアイランドビュー」の一日乗車券を購入することができます。値段は500円。

www.sakurajima.gr.jp

ただ、これで鹿児島を一周することはできないので注意

またこのフリーパスを購入することで、フェリー乗車賃が2割引きされます。

まぁフェリーの負担を軽減させたいなら市内のバス、市電、フェリーの共通券しかも乗り放題である「CUTE」の方が断然お得だと思います。どうせここ来るまで市電使うだろうし。

僕は情弱なので知りませんでした。(半ギレ)

www.kagoshima-yokanavi.jp

ちなみに僕がサクラジマアイランドビューの一日乗車券を買おうとした際、売り場のおっちゃんにめっちゃ怪訝な顔をされた上、本当に買うのか確認されました(小声)。

鹿児島港から出発して桜島港に着くの16時半くらいだし、その後あるバス一本だけだし仕方ないね。

f:id:resyuta:20210227151557j:plain

鹿児島港から

フェリーの料金書いてなかった。

200円です。安いね。つまり桜島近いね。ここから2割引きで160円でした。

f:id:resyuta:20210227151813j:plain

見てわかる活火山見るのは初めてだったから興奮した。

先に上げた桜島アイランドビューは観光スポットに着くと一定時間停車してくれるので、時間制限はありますが、そのまま下車して少しぶらつくことができます。

 

桜島についてさっそく乗車。

以下ダイジェスト。

f:id:resyuta:20210227152042j:plain

f:id:resyuta:20210227152213j:plain

桜島ねこかわよ

f:id:resyuta:20210227152245j:plain

長渕剛が2004年にオールナイトライブを行った会場の跡地。
そろそろ2004年が20年前ってマジ?

f:id:resyuta:20210227152438j:plain

このバスでこれるメイン観光地

この後なんかして自分も写せないか悪戦苦闘してたところ見かねたのか他の観光客に声を掛けられ写真を撮ってもらえました。うれしい(情けない)。

 

アイランドビューで行ける桜島の観光地はこのくらいですが、他にも火山の噴火の影響で3メートルもあった鳥居が火山灰や軽石などで埋まった黒神埋没鳥居有村溶岩展望所など見どころは沢山あります。

時間がない中で行ったから仕方なかったけど、やっぱり行けなかったのは心残りかな。

 

桜島を撤退して鹿児島港に戻ってきたのは18時ごろ。

この後は夕食にして、カプセルホテルにインして終了。

 

さてどこにしようか特に決めてなかったのでラーメンでいいかと考えていたのですが、「せっかく鹿児島いるんだし白熊も食いてぇよなぁ」と思い立ち、天文館に移動。

天文館むじゃきに入店。

mujyaki.co.jp

入ったのは2階の洋食店

白熊を食べることばかりに頭が行って、メインの夕飯を何にするか考える必要があったのですが、黒豚わっぜえか丼のセットにすることに。

黒豚わっぜえか丼とは、鹿児島の特産品である黒豚を使ったご当地グルメです。

わっぜえか」とは鹿児島弁で「(もの)すごい」と言う意味らしい。この丼の名前わっぜぇか直球。

セットでミニ(重要)白熊が付くらしいのでこれにしました。

f:id:resyuta:20210227153518j:plain

シンプルな作り

食レポはしません。得意ではないし、見たまんま想像できる味です。

さてお待ちかねの白熊が運ばれてきましたよ~。楽しみだなあ~。

f:id:resyuta:20210227155320j:plain

???????

は?

ちょっとスプーンの大きさおかしくないですか?

この大きさをミニと言う勇気。

ミニサイズ(哲学)。

これカレー食べる時に使うスプーンですよね??

僕が想像してたのはファミレスとかで付いてくるもうちょっとちゃっちい、というかペロッといける食後のデザートだったんですけど、店員さん持ってくるもの間違えてますよ????

 

自分の常識は疑うべき。

いい教訓を鹿児島で得ました。

味はそりゃもうめちゃんこに旨かったです。

今度は”レギュラーサイズ”の白熊を食べに訪れたいです。

 

体が冷えるくらいには量のあった白熊を平らげご馳走様でした。

その後は明日に備えてカプセルホテルに予定通りチェックイン。

まだ始まったばかりだし、体力管理は大事。

まぁ失敗するんですけど(先手)。

 

といったところで今回は終わり。

次回は大分に向かう所から。

 

ちなみに今回泊まったホテルは、AVを有料で視聴させる仕組みのくせにカプセルに備え付けてあるテレビにつながるイヤホンジャックがないオカズをみんなで分け合う鬼畜社会主義仕様でした。

いい子のみんなはもしAVを視聴したくなっても焦らず、まず周辺機器の確認をしようね。

 

ちなみに俺は見ようとなんてしてないよ。

朝ニュースを確認しようとしたときにジャックがないことに気づいただけだよ。

ホントダヨ。

 

 

鉄道日本一周-<北陸編>⑩ まとめ

しゅー太です。

 

昨年4月以来に首都圏等で緊急事態宣言が出されましたね。

またどこかに行きづらくなるから、早く落ち着いてほしいですね。

大丈夫になったら、まず京都に行きたいです。

そういえば、まだいただけていない抹茶パフェがあったので。

 

さて、さっそく北陸編の総括。

 

今回の旅は元々四国を一周する予定を急遽強引に変更して北陸に行きました。

なので大垣までムーンライトながらに乗車し、福井から一気に新潟までを駆け上がる誰に聞いても「頭おかしいんじゃない?」と言われるルートを取りました。

 

とは言え、改めて北陸を一気に回るということを考えると特別悪いというルートではなかったと思います。

関東・関西圏とは違い側に揃っているため、基本効率よく旅をするためには新潟側か福井側から一方通行気味に通るしかありません。

ただ、新潟側からのルートを今回構築しなかったのでどちらの方がよりいいのかは次やるときに検証するか別の人に任せます。

 

北陸に行く方法として一番簡単なのは北陸新幹線や夜行バスを利用することだと思います。

そして金沢を中心にレンタカーであちこち出掛けるのが丸い。

特に目玉の観光地の一つでもある「黒部ダム」はアクセスが悪すぎるので、車が活きる場所ですね。

www.kurobe-dam.com

 

電車のメリットは①駐車場所を気にしなくていいこと、②体力を観光地に全振りできること。そして③交通機関のフリーパスで移動範囲に比べコストを抑えられることですね。(勿論すべてがすべてでではありませんが。)

 

今回の旅行は5日間での行程になりましたが、前半かなり予定を詰めて動いていました。まぁ、①「行けるうちに行っておけば後が楽になる」のと②「候補から外してたけど時間に余裕ができていける可能性が再浮上する」可能性が出てくるため、前倒しで消化できるうちに向かいました。

そのおかげで富山では瑞龍寺に、旅全体では新潟から山形へ向かう途中に福島(会津若松)へ寄る時間を捻出できました。

 

しかしながら、そのせいで支障をきたす観光個所もあり(滞在時間が減ったり、走らなくちゃいけなくなったり、終電終バスを気にしたり)、大声で「満足です!」とは言いにくい感じになったので、もう少し日程に余裕をもって訪れるのがいいかもですね。

日数増やしたら、それはそれでまた詰め込みそうですが。

 

途中、一乗谷などでは比較的のんびりぶらぶらする時間もあり、というか無理やり作ったのですが、観光資源を見て「はいおしまい」だと中々味気ないというか、せっかく来たのだからその周りもゆっくり見る時間があってもいいじゃない?ということで待ち時間を増やしました。

 

普段なんでもない路地を歩くだけで楽しいですが、それが観光で訪れた場所ならなんか贅沢に時間を使ってる気になりません?僕はなります。

 

終わってからふと、「あそこいっておけばよかったー!」と毎回なるのですが後の祭り。

また次の機会の楽しみという言い訳で耐えるしかないですね。

今回は福井の恐竜博物館とか高岡大仏とか。

ます寿司結局食べなかったなー。

やり漏らし多くなりすぎると敢えてやり残しを用意して、結局もう一回日本一周をした方がいい気がしてくる。

できるかな?

 

今回の旅ルート。

旅費は大体65000円。

途中使えない区間があったとは言え、それでも最強18きっぷ

足を向けて寝れないですね。

 別にぐるぐる回った訳じゃないから周遊はおかしいねと言うことに今更気づく。

 

 次は時系列的に九州一周の記事かなぁ。

北陸編書き始めたのが去年の4月だからまた一年くらいかかりそう。

今回は自分が歴史好きなのもあって、記事のパーティションを日割りではなく観光地ごとにして一つ一つ掘り下げて書く、というものにしました。

見てくれてる人がいるのかは不明ですが、まぁ自分の勉強にもなるので、濃さは考えますが同じやり方でなるべくやっていこうかなぁと思っています。

というかそもそもこのブログ自体自己満足だし何を今更・・・。

各地を訪れるのもそういう「歴史に触れる」という目的を果たすためでもあるからね。

 

みんなも日本一周して何か形に残そうね!

 

では。また次回。

f:id:resyuta:20210124191523j:plain

ひこうき雲が交差しているように見えたので、なんとなく撮った福井の空。
夕暮れの福井にまた居る時があることを信じて。

鉄道日本一周-<北陸編>⑩ 山形

おはようこんにちはこんばんは、しゅー太です。

今日は12月31日。一年最後の日。

早すぎる。今年大してなんもしてねぇ。若くて貴重な一年が過ぎ去ってしまった。

来年はもう少し充実させていきたい所存です。

 

さて、前回は会津若松をぐるっとしたところまででした。

今回はその続きから。

 

[4日目:2018年7月31日(火)AM 10:50]

一通り見終わって再び会津若松駅前。

 

いったん新潟駅まで戻ることは前回にも書いてますが、理由は今回のゴールが山形駅になるためです。会津若松からだとこの時間に出ても20時過ぎの到着になるので、さすがに厳しい。

(そもそも、2017年の東北一周の際に急なオリチャー発動で、会津若松に寄る時間が掻き消えさえしなかったら今回来る必要もなかったから自業自得。)

乗り換えや待ち時間があるとは言え、やはり新潟-山形間の在来線移動がかなり時間かかる。まぁ、列車で4時間半の移動なんて当たり前なんですけどね初見さん。

f:id:resyuta:20201230172553j:plain

とりあえず、新潟へ

来るときと同じ時間(3時間)をかけて新潟へ。

14時前には到着。昨日ぶりだね、会いたかったよ新潟ちゃん。

新潟駅から山形駅方面への列車は15時40分頃なので、ちょうどいいのでお昼などを済ませます。

 

新潟グルメと言えば海鮮などが筆頭ですが、新潟名物には他にもおいしいものが存在します。

そう、タレカツです。

タレカツは薄めのとんかつに甘辛い醤油ダレにつけて、ご飯に乗せた一品です。

日本海側はなんかこういうグルメ多い気がする。)

福井でソースカツ丼を食したので、せっかくなので新潟にも似たものがあるならといただきます。

いただいたのは新潟駅近くにあった天地豊作さん。

f:id:resyuta:20201230175134j:plain

普通にうまそう

「とん」「かつ」「甘辛の醤油ダレ」やぞ。

旨くないわけがないやろ。

そしてやはりご飯が進む。

サクサクアツアツのカツにご飯が合う合う。

新潟に行った際はぜひ食べてみてください。

 

さて、食した後はお土産などを見繕いながら、時間つぶし。

まぁ昨日買ってるから冷やかしだけになってしまったけど。

 

適当に駅周辺をぶらついているうちに時刻は列車が出るくらいに。

ここから一本で山形まで・・・・という訳にもいかず、3回ほど乗り換えを行って山形へ入ります。

秋田から山形への移動も大変だったけど、新潟から山形へ入るのも大変とか山形アクセス悪すぎるだろ(今更)。

そもそも仙台から山形入りするのが正規(?)ルートだから仕方ないね。

 

無事到着したのは20時過ぎ(普通にイミワカンナイ)

なので、今日は宿に入ってコンビニ飯食ってこの日は終了。

本当は友人に会う予定もあったけど、都合が合わなくなり、合えなくおじゃん。

しょうがないね。(なお連絡とったのは当日の模様。みんなはちゃんと前もって約束を取り付けようね!)

 

 [5日目:2018年8月1日(水)AM 9:00]

山形駅を少し早く出発して、9:00頃に目的地へ到着。

f:id:resyuta:20201231160459j:plain

立派な駅

高畠駅

ラ〇ホ見たいな駅だね!

この駅の中にはレストランも入っているので、列車が到着するまで時間を潰していくことも可能です。

ただ、周りに他の商業施設がないので、出来ることが何もなく、暇つぶしで他に行く当てもないのでここで時間を使わざるを得ない感じの場所でした。

 

そんなところに何をしに来たかと言うと、ここ。

www.takahata-winery.jp

高畠ワイナリーさん。

山形は山梨同様ワインで有名でワイナリーが存在します。

今回はせっかく山形まで来たのだから山形のワイナリーに行ってみよう!ということでこちらにやってきました。

高畠駅から高畠ワイナリーまでは徒歩10~15分くらいです。

まぁ、本来列車で来るような場所じゃないので、電車の本数には気を付けましょう。

30分から1時間に一本くらいなので、そこまで困らないとは思いますが、

自分が移動したいタイミングで移動できなくなってしまう可能性があるのでね。

 

駅から高畠ワイナリーまでの道に日差しを遮るような場所は、ほとんど存在しないので炎天下の中歩くのはかなり辛かったので、歩くなら対策をおススメします。

 

途中道を間違えたえてしまったので(倍の時間をかけてしまったため)、予定より遅くなりましたが、目的地へ無事到着。

f:id:resyuta:20201231164934j:plain

ようやくお目見え!

なかなかオシャレな外観。もう暑くてたまらなのでいざ中へ。

入ってすぐにはワインの歴史などのパネルがあり、そこで学習を行うことができます。

そこから先へ進むとワイン製造の実際の行程などを見学(外の小窓などから)することができます。

 

ただ、何か様子がおかしい・・・?

そう、何も動いていないのである!

今日は水曜日、そもそも観光客が来ることすら想定されていない営業日。

まぁ人様にわざわざ見せるところでやったりしてないですよね。

せっかく来たのに実際に稼働しているところが見れないのは残念すぎるが、やってないものはしょうがない。できる限り楽しんでいくとしましょう。

f:id:resyuta:20201231165720j:plain

f:id:resyuta:20201231170608j:plain

貯蔵庫

とは言え、見れる個所もそんななかったので、そこまで時間もかからず終了。

撮りどころもそんななかったので写真も撮ってなかったらしい。反省しろ。

・・・。いい。まだ、俺には楽しみにしていたことがもう一つある。

それはワインの試飲!

f:id:resyuta:20201231173106j:plain

ワイン売り場

見学コースを通り抜けると最後に待ち構えているのがこのワイン販売所。

ここでは多くのワインが販売され、何種類かのワインについては試飲することができます。

自由に飲めるので、ここにきて一番楽しかったかもしれない。

ついでにここで店員さんと相談しながら、友人用のお土産を選別する。

それから帰りの新幹線で飲む用の缶で販売されているワインも購入。

そういうワインもあるなんて初めて知った。

(調べてみると結構あるんだね。知らなかった・・・。)

 

適当な数買って自宅へ送りつけて撤退。

滞在時間にして1時間半くらい。

人が多くて、ワイナリーでの製造が動いていたらかなりかかると思うので、そういった日に訪れる場合はそこらへんも想定しているといいかもしれない。

 

撤退時に見つけた外のお手洗い。

男女マークがワイン仕様なのが味がある。

f:id:resyuta:20201231181329j:plain

お手洗いもおしゃれ

 

そのあとは、高畠駅に戻ってさっき書いた駅の中のレストランに入って、飯を取りながら列車を待つ。

後はもう山形駅まで戻ったら、新幹線に乗車して東京まで一本で帰宅。

毎回ゴールまで到着したら、後の帰宅は特急とか新幹線を使用するけど、「文明の利器ってすげねぇな」って感じる。

一瞬で大移動できるの感動する。

わざわざ7時間かけて横浜-京都間移動しなくていいんだよ?

知ってた??

 

15時過ぎに東京まで帰還。3時間くらいで戻ってこれるからみんなも山形行こうな。

f:id:resyuta:20201231182325j:plain

ただいまー!

これにて、この旅も終了。

一旦岐阜の大垣まで出てから、日本海側を通って山形まで出る自分で考えても意味不明なルートでの旅でしたが、とても楽しかったです。

特に福井とか富山とかはあんまり行く機会もない場所だったので、今回(同時に)行くことができて一安心でした。

 

とりあえず旅の総まとめに関しては次の記事になるので、年明けかな。

とは言え、特に書くことなさそうなので短くなる予感。

 

来年以降もこの調子で旅に出てネタを貯めつつ、過去の旅を記事にしていければいいかなと思っています。

それではみなさん、よいお年を。

 

鉄道日本一周-<北陸編>⑨ 福島(会津若松)

気が付いたら前回の記事から、3か月くらい経ってる・・・。

バグかな?

記事書くのだけでこんな手こずるのに、動画とか編集している人はすごいなと感じる今日この頃。

10月にはGo To トラベルを利用して、名古屋~奈良辺りをプラプラしてきたから、書くネタが溜まり続けるアレ。

何とかしないと・・・。

 

[4日目:2018年7月31日(火)AM 7:30]

ちょっと早めにチェックアウトして、朝ごはんを食べられるところを探しつつ、鶴ヶ城へと向かう。

途中都合よく牛丼チェーン店を見つけたので、インして朝ごはんを済ませました。

お値段手ごろでそれなりに満足できるので助かります、ほんと。

体も小さい(160㎝くらいしかない)ので、まぁこれでも足りる。

身長小さくて個人的にあまり困ったことなかったけど、最近もう少しあればなぁって思うことが増えてきた。今更だけどね。

 

ゆっくり朝ごはんを食べて、再び鶴ヶ城へ前進。大体8:30手前には目的地へ到着。

f:id:resyuta:20200906170835j:plain

開城は8:30なので時間ぴったり。効率よく今日は動けそう。

鶴ヶ城

別名、若松城。その他にも会津(若松)城、(会津)黒川城などと呼ばれることも。

鶴ヶ城の始まりは、室町時代(さらに詳しく言うなら南北朝時代)に東北に領地を持っていた会津蘆名(あしな)氏が建てた東黒川館(小田垣の館)が前身であると言われています。

この蘆名氏、戦国時代には奥州の伊達氏と肩を並べるくらいの有力大名の一族となるのですが、その後、後継者問題や家臣の統制がうまくいかず次第に衰退。1656年に家系は断絶することが確定しました。

『館』とある通り最初に天守閣等はなかったのですが、遅くとも15世紀半ばまでには黒川城とその城下が完成したと考えられています。

その後しばらく蘆名氏の居城となっていましたが、安土桃山時代の1589年にそれまで幾度と戦いを繰り広げていた伊達政宗に攻め入られとうとう敗北。伊達氏に奪われた黒川城は翌年の1590年に豊臣秀吉の元へと渡りました。

 

 その後は、1592年に伊勢松坂(三重県)の領主である蒲生氏郷(がもううじさと)会津が与えられ、黒川城に入城しました。

蒲生氏郷は勇敢な武将で、また宗教や和歌などに理解のある文化人的側面も持つ文武両道な人物でした。とても優秀な人物でしたが、1595年の40歳という若さで亡くなりました。

さて、この氏郷が入城していた時期に何をしたかと言いますと、城の大改修を行い現在の姿に近いものとなりました。また、この改修を中心として城下町の建設を実施し、そして町の名前にもなっていた「黒川」の名を氏郷の出身地である「若松の森」にちなんで「若松」に改められました。城の名前に鶴ヶ城と名付けられたのもこの時期です。こんな感じで、この時期に大体今の会津若松の基盤になる形へと変形していきました。

 

氏郷没後は、子の秀行が後を継ぎましたが、お家騒動により下総国宇都宮へ転封(領地を移されること)し、秀吉の命で1598年に上杉景勝が越後から入封しました。

しかし、同年に豊臣秀吉が亡くなると徳川家康が台頭し始め、1600年に会津攻めを敢行。その背後から挟み撃ちにして家康を打ち取ろうとした石田三成が兵をあげ、世に有名な関ケ原の戦いが始まりました。結果はご存じの通り石田三成率いる西軍は敗北し、景勝は出羽国米沢へと転封させられてしまい、1601年に再び秀行が入城しました。

 

入城後、鶴ヶ城の整備や町方の振興に努めましたが、1611年に起きた会津地震により鶴ヶ城の石垣は崩れ、天守閣は傾き、山崩れで阿賀川がせき止められるなど大変な被害になあいました。この同年に正月には江戸屋敷(幕府から与えられた大名屋敷)が全焼、冬には干ばつの被害に遭うなど、会津にとって災厄の続く年となりました。こうした出来事から秀行は心労がたたり、1612年に30歳と言う若い年で亡くなりました。後を継いだのは秀行の嫡男である忠郷でしたが、当時わずか10歳であったため、お家騒動が絶えませんでした。そして、1627年に忠郷に嗣子がいないままこれまた25歳と言う若さで亡くなったため、秀行の次男の忠知が後嗣となり伊予国松山に移封され、代わりに松山より加藤嘉明(かとう よしあきら/ よしあき)が入封しました。

ちなみに忠知も30歳で後継ぎなく亡くなり、これをもって蒲生家は完全に断絶しました。

 

4代続いて若いうちに亡くなるなんて、ついてなさすぎるよなぁ・・・。

 

嘉明は会津に入った後、領内の整備に努めたり、村々の石高を調べて所領を確定するなどを含め、領内の経営に尽力しますが1631年に69歳で亡くなりました。その後は、子の明成が北と西にあった馬出をそれぞれ出丸(お城から離れた位置に作られる曲輪)にしたり、会津地震で壊れた天守を今に見られる形で改築したりしました。

 

ただ、こうした大改修は幕府が好むものではなかった(まぁ戦う力持たれても困るよね・・・。)ため、1643年に明成は改易させられ出羽国山形より、徳川家康の孫(ただし落胤)でもあった保科正之が入封し、以後明治維新まで会津松平氏(保科氏からの改名。正之の子である正容が三代目を継ぐと、幕府から松平の氏と葵の家紋を与えられ、正式に会津は徳川の親藩に組み込まれた。)の居城となり、9代に渡って藩政が行われました。

保科正之の主な実績の中には家綱の時代に、家綱の補佐に入り文治政治を推し進め、末期養子の禁の緩和殉死の禁止を実行しました。

文治政治武断政治(=武力を背景とした政治)を止めて、儒教朱子学)といった学問や教養を普及させ社会の安定を目指す政治。武断政治によってこの当時の社会秩序は最悪だった。

また、家訓15か条を定め、徳川本家に対する忠誠や藩士の心構えを明確にし、何か決断する際はこれを拠り所として藩政の精神的な柱としました。

要するにめっちゃ凄いことやっためっちゃ凄い人ってこと(雑)

 

そして最終的に会津が全国的にも有名となった戊辰戦争が1868年に起こります。

戊辰戦争のきっかけを簡単に説明すると、武力による討幕を行いたかった西郷隆盛率いる薩摩藩でしたが、幕府は攻撃される前に大政奉還(権力を朝廷に返す)を行い、幕府をなくすことで攻撃されないようにしました。(賢いけど、「ぶっちゃけもうこうするしかなかった」みたいな所ある。)

攻撃する大義名分を失いましたが、なんとか戦争に持ち込みたい西郷。幕府側から攻撃を仕掛けてもらえるよう浪人使って挑発行為を実施しました。その挑発がエスカレートした結果、江戸城の二の丸が焼かれる事態にまで発展し、旧幕府側も我慢ができなくなり薩摩藩へ攻撃を開始。そしてこれが戊辰戦争の始まりとなりました。

 

結論から言えば、旧幕府軍側である鶴ヶ城は一か月間程度、新政府軍の攻撃に耐えましたが降伏します。この戦闘で多くの被害を受けた鶴ヶ城ですが、修復等はされずしばらく放置プレイをかまされ、1894年に解体されてしまいます。

今ある鶴ヶ城は再建されたものという訳ですね。

 

(雑にお城の写真垂れ流し)

f:id:resyuta:20201003175914j:plain

f:id:resyuta:20201003180937j:plain

f:id:resyuta:20201003182105j:plain

f:id:resyuta:20201003181523j:plain

 綺麗な作りですよね。

お城の再建については、本丸は1960年に、天守は1965年に鉄筋コンクリート造で再建されました。

第二次世界大戦後には会津若松市が、戦後の非常事態とも言える財政難を解決するための手段として、本丸内に競輪場が設置されていたこともあるらしいです。

(場所も手段も選ばない、なりふり構わなさ大好き)

戦後復興策として自転車競技法という法律に基づくものらしいですね。

やはり世の中を救うのはギャンブル。お上も言うんだから間違いねぇ。

 

鶴ヶ城の中は、ご想像通り資料館となっています。

f:id:resyuta:20201005225153j:plain

申し訳程度の天守からの景色

行く時には利用しませんでしたが、勿論会津若松市にも周遊バスがあります。

大体30分周期で動いています。

ルート策定にどうぞ。

周遊バスには

・モダンなスタイルが特徴で赤と青の2車両ある「ハイカラさん」

会津地方が発祥の赤べこをイメージした真っ赤なボディが特徴の「あかべぇ

の2種類が存在します。

デザイン以外に違うところはどこなんだって言うと、会津若松駅を背にして右回りか左回りかどうかです。

右回りがあかべぇで、左回りがハイカラさんです。

鶴ヶ城に向かうならハイカラさんが便利です。

例にもれず1日フリー乗車券もあります。600円です。

2020/11/18現在、なんと今なら会津若松駅前にある「Terminal Cafe & Shop」にてフリー乗車券を提示することでドリンクやアイスクリームが20%オフになるみたいです。

お得ですね。

時刻やルートなど詳しくは下記リンクから。

www.aizubus.com

f:id:resyuta:20201122190118j:plain

鶴ヶ城を観光したら、次の目的地へハイカラさんを使って移動。

 2,30分揺られて飯森山下で下車します。

ここにあるのは白虎隊記念。入場料は大人400円。

割と小さい。

f:id:resyuta:20201118183130j:plain

f:id:resyuta:20201118203958j:plain

館横の銅像


www.byakkokinen.com

白虎隊とは、戊辰戦争の一つである会津戦争において会津藩が組織した少年兵隊です。

部隊員の年齢は16~17歳程度で、幼少組として13歳の少年も参加していました。

新政府軍と交戦し、奮戦むなしく敗走。最後は飯森山まで逃げ延びたものの、深手を負ったこともあり、これ以上戦えないことを悟り集団自決を実行。一人を除き死亡するという凄惨な出来事がありました。

(この時、7人自決して6人死んだとする説と20人自決して19人死んだとする説があるみたいです。)

”悲劇の白虎隊”という認識で日本人の中に広がっているのではないでしょうか。

メディアでも時々取り上げられたり、学校の教科書の端くれに載っかっていることもあるので、「自決した少年兵」という知識は多くの人が持っているんじゃないですかね。

ちなみに、自決の際に守るべき鶴ヶ城周辺から上がる煙から陥落したと勘違いして自決したという話をよく聞くかとは思いますが、実はそうではなく「生き恥を晒すなら武士らしく死のう」となり自決に走ったみたいです。

f:id:resyuta:20201121173422j:plain

 

元々白虎隊は予備兵力で、会津藩が劣勢となる中で戦力投入されました。

ちなみに、察しがついている人もいるとは思いますが、白虎隊の他に玄武隊、朱雀隊、青龍隊があります。

f:id:resyuta:20201121164445j:plain

うおおおおおおおおおおお!ドラグーン!ドランザー!ドラシエル!ドライガー

それぞれ白虎隊を除くと、以下の通りの内容となります。

朱雀隊:18歳から35歳まで、隊員約1200名
青龍隊:36歳から49歳まで、隊員約900名

玄武隊:50歳から56歳まで、隊員約400名

つまり年齢によって部隊構成がなされているという訳ですね。

また隊員数も3桁で、そこそこいますね。

となると勿論白虎隊もそれなりの数で組織されている訳で、

白虎隊:16歳から17歳まで、隊員約300名

で組織されていました。

”悲劇の白虎隊”ばかりがクローズアップされますが、あれはほんの一部のことだということなんです。

まぁ、改めて考えると予備兵とは言え戦争にあたる部隊だし、これだけいるのが当たり前だけど、これだけ多くの若者が戦いに出ていたという。

そして、敵である新政府軍は最新鋭の武器を持ち、人・物資共に物量も豊富。

それに比べ、旧幕府側はじり貧

しかも白虎隊が持たされていた武器は「まぁ、火縄銃よりはマシかな」レベル。

f:id:resyuta:20201122182542j:plain

手札には無限の可能性が秘められているぜ!城之内君!(大嘘)

また、戦士や自決をしなかった約290名に関しては、明治維新後まで生き延びました。

言うて明治維新自体が大政奉還(1867年)後の明治初期を指すのでそんな長生きはしてない。

そんな白虎隊に所縁のある品々や歴史がまとめられているのがこの白虎隊記念館なのです。

そして、ここの最寄のバス停の名前は飯森山下でした。

そうこの白虎隊記念館の裏手が件の飯森山になります。

そのため、ここには白虎隊を弔うための慰霊碑などもあります。

f:id:resyuta:20201122173132j:plain

f:id:resyuta:20201122173239j:plain

また、ここには円通三匝堂(えんつうさんそうどう)、通称さざえ堂があります。

西国三十三観音菩薩を安置した六角三層の観音堂で、その形が貝のさざえに似ていることからさざえ堂と呼ばれています。

この建物の唯一無二の特徴がその構造で、階層の移動は螺旋通路によって移動するのですが、なんと上りと下りで同じ道を通らない一方通行の道となっています。

意味わかんないですね。

f:id:resyuta:20201122173928j:plain

頭の方が途切れているセンスのなさ

f:id:resyuta:20201122175137j:plain

側面。螺旋階層がよくわかる。

入場料は400円。正直ぼってると思いました。

諸々観光して大体30分くらい、1時間あれば余裕を持ちつつ見終わることのできる場所だと思います。(電車の時間見間違えたので駆け足になったのは内緒。)

 

急いでバス停まで向かって会津若松駅まで向かう。

このまま新潟駅までいったん引き返します。

今回もお世話になるのはハイカラさん。

結局あかべぇには一回も乗車しなかったな・・・。

f:id:resyuta:20201122175414j:plain

あいるびーばっく

今回は会津若松だけの観光でしたが、ここを拠点にして東側に猪苗代湖五色沼裏磐梯、南側にネギそばで有名な大内宿があるので、是非観光しに福島まで足を運んでみてください。楽しいですよ。

 

区切りもいいので今回はここまで。

前回の予測ははずれ、次回でこの北陸編も終わり(にしたい)。

年内で完結できるといいなぁ。

気持ち次第。

 

withコロナ、ニューノーマル、3蜜、小5etc

その他いろいろな言葉や定義が生まれていますが、各々やれることやって、

(まだまだ先は長そうと思いますが)ストレスを貯め過ぎないよう頑張りましょう。

 

正直コロナ止めるのは無理だと思うんだ(大声)

鉄道日本一周-<北陸編>⑧ 新潟

こんにちは。

あちこちで気温が爆上がりして、40℃を超えるのがデフォルトになりつつある日本にビビるしゅー太です。

f:id:resyuta:20200820153039j:plain

特に浜松が。

最近の気象情報見ると、画面が真っ赤っか。
30℃前後で「今日は涼しい方なんだな」と考えるくらいには毎日が暑い。

北海道で夏だけ暮らしてぇよぉ。セカンドハウス持つ余裕なんてないけど。

仕事もあるし。悲しいね・・・バナージ・・・。

 

今回は直江津で一晩明かした後から。

直江津は特に観光しません。通過点さ。

それとここからまた18きっぷが使えます。やったね。

 

[3日目:2018年7月30日(月)AM 7:00]

今日は少し早めに出発。

目的地は弥彦駅で、乗り継ぎ含めてここから3時間程度かかるので、

朝はマクドナルドで軽く済ませて、早々に行動開始。

朝マック食べたい気分だったから探したけど、地方って地味に離れた場所にマックとかがあるから、向かうのに謎に時間をかけてしまったのは内緒。

f:id:resyuta:20200820155905j:plain

懐かしさから思わず写真を撮った。

地方だと割かしよく会うことも多い115系と呼ばれる車型。

この配色は「湘南色」と言われるカラーだそうです。

幼少期に中国地方に住んでいた頃、よくこの色の列車に乗っていたのですが、小学校に上がる際に上京したので、見たのはそれっきりでした。

まさか、こんなところでまた乗車できるとは・・・。

僕の中では未だに列車と言えば「これ」なんです。

実に約20年ぶりの再会(?)です。感動さえ覚えました。

朝からラッキーだったな。

 

直江津を出発した後は、長岡・東三条駅を経由しながら弥彦駅へ。

長岡は花火で有名だから、いつか見に行きたいですね。

1人はさみしいけどね。

行く最中驚いたことがあって、途中乗り継いだ車両、なんと液晶モニタ付き

バカにしてるわけじゃないんだけど、地方でも既に導入されているとは想像していなかった・・・。

地方路線って財政厳しいイメージあるから、新型の導入って中々見ないんですよね。

ちょうどタイミングが合致してたのかな?

f:id:resyuta:20200820162637j:plain

綺麗な車内だ。東京と変わらない。

f:id:resyuta:20200820163117j:plain

また、東三条駅弥彦線に乗り換え。終点まで向かう。

午前10時半頃、弥彦駅へ到着。

f:id:resyuta:20200820163632j:plain

朱色が映えていていいですねぇ!

f:id:resyuta:20200822191342j:plain

全体像はこんな感じ

片瀬江ノ島駅にカラーリングが似ている。

まぁ、あちらは竜宮城イメージだったはずなので、モチーフは全く異なるけど。

 

とりあえず着いたわけですが、ここでの向かう先は弥彦神社になります。

まぁ多分ここに来る目的は大体ここしかない気もしますが。

駅から弥彦神社までの距離は大体1kmくらい。

とは言え、夏真っただ中で太陽も厳しい。

できれば交通機関で移動したいですが、なんと弥彦神社まではバスがでていません

f:id:resyuta:20200820164901j:plain

ふざけるな!ふざけるな!馬鹿野郎ォ!!あああああああああ!!!!!

タクシー・・・もなしではありませんが、微妙な距離。

しかも観光案内所に該当する施設が駅から微妙に離れたところ(しかも弥彦神社までの道中)にあるときた。

歩くしかないか。(位置的にはここ)

方針を決めて弥彦神社へと文字通り歩みを進めます。

道のりは1kmくらいですが、他に何が嫌かって基本登り坂であること。

無駄に体力も削れてげんなり。

まぁ、観光客がそんな来る場所でもなさそうですし仕方ないですね(失礼)。

 

観光案内所に寄ったり、そのななめ向かいにある「おもてなし広場」という道の駅チックな場所に寄り道をしながら15分位歩いて弥彦神社に到着!

f:id:resyuta:20200822191250j:plain

立派な鳥居がお出迎え。

正式名所、「彌彦神社(いやひこじんじゃ)

弥彦山をご神体としその山麓にこの神社はあります。また、古くから「いやひこじんじゃ」と呼ばれていますが、ご神体の弥彦山を含め関係する地名が「やひこ」と読むため、一般には「やひこじんじゃ」と呼ばれています。

かの有名な「万葉集」にも彌彦神社が詠われた歌が2種も掲載されています。

 

祭神として「天香山命(あめのかごやまのみこと)」が祀られており、地名から「伊夜日古大神(伊夜比古大神、伊夜彦大神)」等とも。

天香山命古事記に登場する「高倉下(たかくらじ)」と同一存在とされ、天照大御神の曾孫に該当します。

神武天皇即位四年(西暦紀元前657年)に、日本の初代天皇である神武天皇から越後国開拓の詔を受け、現在の長岡市野積の浜に上陸しました。そして当時の地元住民に漁業・製塩・酒造などの産業技術を教え、後に越後を造った神様として崇拝されることになります。

神武天皇を救ったエピソードもあるけど、気になった人はリンク先みてね→こちら

 

弥彦神社は、社伝によると第六代孝安天皇元年(西暦紀元前392年)二月二日に天香山命が越後を平定・開拓し終わり、亡くなった際に弥彦山に廟社を築き祀ったのが始まりとされいます。

その後、紀元前97~30年に建諸隅命(たけもろすみのみこと)が天皇の勅命を受けて社殿を造営。711年には勅命により神域の拡張と神戸及び神領の境を定めたと伝えられています。

上記のように具体的な創建年代は不明ですが、少なくとも2400年以上という、えげつない歴史を持った神社となります。

 

弥彦神社が初めて国史に現れるのは、『続日本後紀(しょくにほんこうき)(※1)』で

「越後國蒲原郡伊夜比古神 名神に預かる 彼の郡旱疫有る毎に雨を致し病を救うを以てなり」

という記述があります。

(※1)六国史の一つ。飛鳥時代から平安時代前期にかけて行われた国家事業による日本の歴史書の編纂で、6つあるため六国史と呼ばれる。続日本後紀はその4つ目にあたり、全20巻ある。上記の記述は第2巻から。仁明天皇の代である833年から850年までの18年を扱っており、この時代の目立った出来事としては承和の変があった。

 

鎌倉時代には源頼朝が三千貫の社領を寄進したり、室町時代では後醍醐天皇が「正宮位大明神」と書いた勅額を奉納されるなど、かなり有名な大社として存在していました。

かなり繁栄していましたが、応仁の乱の影響によって社殿や多くの記録・宝物が焼失、社領も押収されてしまい衰退します

 

江戸時代に入ると歴代徳川将軍からの支援による領土の安堵、1702年には社殿の修繕もされ、復興します。

また、1692年に当時の神主であった高橋左近光頼は、仏教化された神社の在り方をよしとせず、社僧・供僧を追放するなど神社内の仏教色を一掃する神仏分離を断行しました。結果としてこの試みは失敗しますが、明治維新時に実行された神仏分離を早期に行っていた神社でもありました。

 

その後も火事にあって再建されたり、上越新幹線開通を記念して鳥居が建てられたりと、2400年前から現在至るまで大切にされている神社となります。

 

では参拝していきましょう。

鳥居をくぐって真っ直ぐ歩くのですが、拝殿に向かうためには途中左折する必要があります。まぁ、曲がる場所は初めの十字路になるので迷うことはないでしょう。

左手に鳥居も見えるので。

境内はこんな感じに両側に杉の木が植えられてます。

f:id:resyuta:20200822191725j:plain

いい清涼感だ。

f:id:resyuta:20200822193029j:plain

はーいでんまえ(隋神門)

f:id:resyuta:20200822193331j:plain

f:id:resyuta:20200822194438j:plain

とーちゃく!

渋みのあるスタイルで、かなり好みですね。

屋根の角度とか・・・いいよね・・・(謎フェチ)

どちらかと言うと江戸時代の役所を連想します。

目立つ派手さはありませんが、存在感は半端ありません。

お参りも済ませましょう。

こういう旅に出てるときって適切かはわかりませんが、どこの神社でも

「無事にこの旅が終わりますように」

と願掛けしてしまいますが、同じような人いるんですかね。

 

お参りした後は周っていない境内を観光。

f:id:resyuta:20200822201633j:plain

神馬舎の中

f:id:resyuta:20200822201807j:plain

鹿の他にもいろんな種類の鶏とかいました。

ぶらぶら歩いて適度なところで観光を切り上げ駅前に戻る。

列車の時間を考慮しながら動く必要があるのがネックですが、勝手に運んでくれるこの手段の魅力にはあらがえないですね。

弥彦駅前には11半頃に帰還。時間にして1時間くらい、弥彦神社での滞在時間はもっと少ないですね。

 

11時50分頃の列車で次の目的地へ出発。

行き先は新潟駅です。途中吉田駅で乗り換えて、新潟を目指します。

到着時間は13時前なのでお昼を食べるにはいい時間に着きそう!

f:id:resyuta:20200822204752j:plain

なんて思っていたのですが、暇つぶしのためにやっていた携帯ゲームに夢中になりすぎて吉田駅をスルーしてしまうゴミっぷり。

(旅)やる気あんの???

気が付いたのがしばらくたってからで割と焦る。

ちょうど大きめの駅である東三条駅に到着したので、いったん降りてリカバリー案を探すことにしたものの、残念ながら見つからず。

相変わらずのアホっぷりですね!

とりあえず、いったん東三条駅まででて、新潟を目指すルートを選択。

到着が1時間ほどずれ込む見込みとなりました。

 

まぁ・・・お昼が遅くなるだけだし。

この後の予定特に決めてなかったからノーダメだし。

旅にトラブルは付き物だからね!

などと全力で言い訳を並べて、ミスを宇宙の彼方まで吹っ飛ばす。

 

その後は今後の予定を立てながら時間を潰して、列車を待ち、

時間になったら今度はゲームはせず新潟まで乗車。

14時には新潟駅に無事到着しました。

反省は活かす男、しゅー太。

f:id:resyuta:20200822204906j:plain

意外と大きかったんですね。

とりあえず新潟に来たらしたかったことが二つ。

まず一つ目がこれ。

f:id:resyuta:20200822205050j:plain

待ってたぜ、この時をよォ!

新潟駅から直結しているビル、CoCoLo新潟の西館にある「ぽんしゅ館 新潟驛店

www.ponshukan.com

こちらでは500円で新潟にある様々な日本酒の飲み比べができます!

500円を払うと専用のコイン5枚が渡され、コインを専用の投入口に入れるとおちょこ一杯分の日本酒へと変換することができます。

その種類はおおよそ100種類ほど(しかし全部が稼働中という訳ではない)。

またお酒ごとに甘さや辛さ、度数の他おススメポイントや生産地なども書かれており、選ぶ指標として役立てることができます。人気ランキングもあるよ。

さらに、塩やみそなどのも無料で置いてあり、それらと合わせて楽しむことができます。別途きゅうりの一本漬けなども販売してありますよ。

日本酒が好きなら、ぜひここに立ち寄ってほしい場所になります。

 

ん?なんでこんなに説明があって写真がないかって?

日本酒に夢中になりすぎて忘れてたんだよ。

ちなみに切れのある辛口が好きなので、基本はそれ系統のものばかり選んでました。

 

もう一つのやりたいことはこちら。

f:id:resyuta:20200822211512j:plain

バスセンターのカレー!

新潟の「バスセンターのカレー」で有名な万代そばさんのカレーです。

万代シティバスセンターの一階に位置している立ち食いのお店となります。

現在はバスセンターの区画工事の影響で、店舗の場所を移動して営業されているみたいです(2020年8月22日現在)。

www.silverhotel.co.jp

ここの名物はなんといってもカレー!

テレビでも取り上げられることもあるほど有名です。

ちょうど旅に出る前にテレビでやっているのを見て、「行ったらせっかくだし食べるかぁ」とミーハー丸出しですが食べに来た次第です。

その人気からかレトルト版まで製品化されており、店頭で購入することが可能となっています。

食べている間にも買いに来ているお客さんがいらっしゃいました。

f:id:resyuta:20200822212327j:plain

実物がこれ。

食べてみた感想ですが、まぁまず量が多い

それなりどころか、かなり満腹になりました。

特徴的だったのが玉ねぎで、かなり食べ応えがありました。

溶かすのではなくそのまま食材としてあてがっているみたいですね。

それから、辛さ

マイルドな見た目からは想像できないくらいには辛いです。

激辛というわけでは全くありませんが、スパイスが効いていて、汗が止まらなかったです。コクもあって、大変美味でした。

新潟に来たらまた食べに来たいですね。

 

万代シティバスセンターは新潟駅から歩いて10分くらいの場所にあります。

地図はこっち。9月中旬くらいまでは、上記に書いた通り別の場所で臨時営業しているようなので、お間違えの無いよう。

f:id:resyuta:20200823170056j:plain

外観

 

食べ終わって15時くらい。

その後は駅に戻って職場や家族用のお土産を探す時間に充てる。

自分用にはぽんしゅ館でおかきを買いました。

 

そして、ここまでは事前に決めていたルートだったので、ここから先はノープラン。

時間が空いてるときにずっと考えていましたが、余裕もあるのでいったん福島の会津若松に出ることにしました。

以前に東北一周した際は、タイミングの都合で行くことができなかったので、ここは行っておくべきだろうということで一度内陸へ向かいます。

15:45にはホームへ。

f:id:resyuta:20200823165822j:plain

さぁ、参りましょう

f:id:resyuta:20200823170252j:plain

綺麗な田んぼ道が続く。

途中乗り換えを挟みつつも電車に乗ることおおよそ3時間。

ようやく会津若松駅へ到着。

地理的な距離で見たらそんなに離れてないんだけどね・・・。

速度とそれから線路が単線なこともあって待ち合わせも含めたらこんなもんって感じ。

一番怖かったのは、事故か何かで止まること。

田舎、しかも山の中だとどうあがいてもリカバリー不可かつ致命傷になりかねないので、ずっとお祈りタイムでした。

まーじで恐怖しかない。

リミットある旅でしかも後半戦だとリスクが高くなりすぎる・・・。

f:id:resyuta:20200823171112j:plain

会津若松駅

今日は朝早くから動いたので、宿に一直線。

途中コンビニで晩御飯を買ってチェックイン。

会津若松では鶴ヶ城会津若松城)と白虎隊記念館へ向かいます。

今日はとっても楽しかったね。

明日はもっと楽しくなるよ。ね、しゅー太(郎)!(某ロコちゃん風ボイス)

f:id:resyuta:20200823171530j:plain

広いけどさぁ!

通されたお部屋はツインのお部屋。

1人旅にはもったいないくらいきれいで快適なお部屋でした!

そしてこの部屋の広さ分の寂しさが体に染みわたる・・・。

ツインの方がメイキングしやすいって聞いたことあるから仕方ないね。

 

さてさて次回の更新はいつになることやら。

北陸編はあとまとめ入れて3回くらいと見た。

続く。

鉄道日本一周-<北陸編>⑦ 富山(瑞龍寺・雨晴海岸)

こんにちは、しゅー太です。

go to キャンペーンが7/22(水)にとうとうスタートしましたね。

やるからにはいい結果が返ってきてほしいものです。

そしてもう8月・・・。早すぎるよ・・・。

 

さっそく前回の続きからスタート。

 

[2日目:2018年7月29日(日)PM 15:45くらい]

高岡駅で電車を降りて、目的地へ向けて歩き出す。

結局、瑞龍寺と高岡大仏のどちらにしたのかと言うと、瑞龍寺にしました。

大仏だと大仏見て「はい、終わり!」となりかねなかった。

中もいろいろ見れる瑞龍寺の方が楽しそうだなと思ったので、こちらへ行きます。

大仏はまた今度。

 

瑞龍寺までは駅から歩いて20分くらい。(意外と距離があった。)

いくつか信号を渡って、右へ左へ曲がりながら到着。

f:id:resyuta:20200723184039j:plain

入口

f:id:resyuta:20200723184123j:plain

正面。ここから料金が必要。画面左後方に受付がある。

瑞龍寺は、江戸時代初期に加賀前田家3代目当主である前田利常(としつね)が、2代目当主の前田利長を弔うために建てた菩提寺です。形式は伽藍配置で、総門・山門・仏殿・法堂が一直線上に並ぶようにして建築されています。

伽藍配置と言えば、初期は重要視されていた仏塔(仏舎利を祀る建物)が、年を経るにつれて段々と外側へ配置され始め、最後にはとうとう門や回廊の外に追いやられていくというのが面白いですね。

 

仏舎利(釈迦の遺骨)よりも、本尊が祀られている本堂の方へ中心性、信仰の対象が移っていった結果という訳ですね。元々初期の仏教では、教え自体を崇めて像を作ることはなかったので、仏舎利が唯一形をもった信仰対象でした。しかし、6世紀半ば(『上宮聖徳法王帝説』では538年、『日本書紀』では552年とも言われている。)に日本へ仏教が伝来した際には仏像も合わせて伝来したため、寺院において必ずしも仏舎利や仏塔が信仰の対象ではなくなっており、仏像の方へ信仰がシフトしたという訳です。仏塔は時代とともに、信仰のシンボルから寺院のシンボル≒飾りにまで落とし込まれていきます。なので、寺院を訪れた際に仏塔がどの位置にあるかで、時代や信仰対象をざっくり判別できるようになるので、そういった点に着目して観光するのもひとつの楽しみ方だと思います。

 

また、瑞龍寺曹洞宗の寺院で近世禅宗様式で建築されており、その代表作として山門・仏殿・本堂が1997年に国宝として登録されました。富山県初の国宝にして、現在でも唯一の富山県の国宝となります。(実際「国宝」と言う言葉に惹かれてここに来た感は否めない。)

 禅宗が伝来したのは鎌倉時代で、その際に再び整然とした伽藍配置が行われるようになりました。(平安時代に入ってから密教などの山岳寺院では敷地の制約上、整然とした伽藍配置は見られなくなった。)また、禅宗寺院では塔を建てることはほとんどなく、建てられたとしても伽藍配置の一部としての機能は持っていないようでした。

(なんで禅宗寺院だと塔がないのか調べたけど「なぜ」の答えが出てこなかった・・・。誰か教えてください・・・。まぁ単純に禅宗がひたすら座禅による瞑想による悟りを目指す宗教で、あんまり塔とか関係ないからなんだろうなぁ・・・。)

  

そのため、瑞龍寺は直線上で建築物が並んでいるかつ塔がない寺院になります。

f:id:resyuta:20200802155119j:plain

ちなみに瑞龍寺の伽藍は仏様の体を型取っています。

 

 股間から入るなんてえっちだ・・・

では、いざ参りましょう。

正直ここへ行くなら晴れの日をオススメします。

f:id:resyuta:20200802160117j:plain

山門。作りが凝ってますね。

山門は1746年の火災で一度焼失しており1818年に再興する際、両脇に設置されている金剛力士像は作成されたと言われています。その後たびたび修復されています。

金剛力士像は二体で一対として扱われ、寺院の表門に配置されることが多いです。

仁王の名前でも呼ばれています。サンスクリット語でヴァジュラパーニとも。

金剛杵(こんごうしょ、仏敵を退散させる武器)を持つもの」と言う意味らしいです。

f:id:resyuta:20200802160538j:plain

口を閉じている方が金剛力士像・吽形

f:id:resyuta:20200802160711j:plain

口が開いていれば金剛力士像・阿形

f:id:resyuta:20200802162305j:plain

山門を抜けるとこんな感じ。

逆光の関係でこの向きでの写真はあんまり取れなかったのが残念。

正面が本堂です。

f:id:resyuta:20200802180859j:plain

本堂から見た山門。空と合わさっていい絵だと思う。

進路は右なので、右手から回廊へと向かう。

f:id:resyuta:20200802163149j:plain

回廊の中はこんな感じ。通路は土というか地面だった。

f:id:resyuta:20200802163535j:plain

右手から本堂。ほんと芝が気持ちよさそう。

 

f:id:resyuta:20200802163905j:plain

大庫裏。めちゃくちゃ広いな。

f:id:resyuta:20200802171517j:plain

ほうどー

f:id:resyuta:20200802175008j:plain

左回廊側からの法堂

f:id:resyuta:20200802165059j:plain

f:id:resyuta:20200802165556j:plain

石廟

f:id:resyuta:20200802174405j:plain

本堂と山門。この角度が好き。

f:id:resyuta:20200802175518j:plain

法堂側から見た本堂です。

f:id:resyuta:20200802180723j:plain

本堂の中

f:id:resyuta:20200802181104j:plain

謎の魚が回廊に吊るされていた・・・。

これは「魚板(ぎょばん)」と呼ばれるもので、これを叩くことで、時間や行事を知らせ人を集めたりするのに使われていたそうです。

魚の形をしているのは、魚は昼夜問わず目を開けているところから常に修行に精進するようにと言う意味が込められているとのこと。木魚はこれが原型みたいですね。
「魚梆(ぎょほう)」「魚鼓(ぎょこ・ぎょく)」という呼び名もあります。

f:id:resyuta:20200802181658j:plain

f:id:resyuta:20200802181731j:plain

東司(とうす)とは寺院におけるトイレのことです。東司と呼ぶのは曹洞宗
で、臨済宗では雪隠(せっちん)といいます。

この東司には、不浄を清める烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)が祀られます。

つまりトイレの神様という訳ですね。

2010年に植村花菜さんが発表した「トイレの神様」がヒットした際に烏枢沙摩明王も少し取り上げられたりしたので、それで知った方も多いのではないでしょうか。

f:id:resyuta:20200802183022j:plain

最後に鬼瓦を見て終了。
これは山門の外にあります。
ちなみにここは春に期間限定で夜間ライトアップをしているそうです。
2020年はコロナの影響で中止になりましたが、夏の8月8日(土)~10日(月・祝)で開催予定となったそうです。詳しくは↓

info-toyama.com

 

 瑞龍寺の観光を終えて、外へ出ると、なんと次の列車の時間まであと10分。

数少ない体力を振り絞って駅まで全力ダッシュ

息も絶え絶えになりながら、なんとか列車が出る前に高岡駅までたどり着く。

瑞龍寺から走りっぱなしだったから、いろいろ限界・・・。

なんでここまで頑張ったかと言うと、次に行こうと考えていた場所が、暗くなってからでは意味がないから。

 

その場所は海岸

読みは「あまはらし」。

日本海越しに標高3000mを超える山々からなる立山連峰を望むことができ、年始には初日の出を拝みに来る人も数多くいるそうです。

雨晴の由来は、その昔源義経が奥州へ落ち延びる際に、にわか雨が上がるのを待ったと言われる「義経岩」があることからその名前が付いたそうです。

四季折々でそれぞれ異なった顔を見せ、その美しさから多くの人々を魅了してきました。奈良時代の「万葉の歌人」としても知られる大伴家持は、ここを題材として数多くの歌を詠んでいます。

またこの「海越しに3000m越えの山々を望める」場所というのは、世界で唯一この雨晴海岸のみなのではないかとも言われています。

確かに海越しで山を見ることって考えてみると中々なさそうですよね。

そんな場所なので、ここはぜひ押さえておかなくては。日が暮れて見えなくなる前に。

ということで、向かっている訳です。

 

高岡駅から雨晴海岸の最寄り駅である雨晴駅まで20分ほどで到着します。

ちなみに、高岡駅から雨晴駅区間はJRです。なので18きっぷが使えます。

流石に勿体ないので使いませんでしたが。

f:id:resyuta:20200804224742j:plain

いい雰囲気の駅だ。

駅を出て右に進んでいくとこじんまりとした踏切が見えるので、それを渡って海側へ出る。

f:id:resyuta:20200804232127j:plain

ここを抜けたらもうすぐそこが海です。

ネットでよく見る角度のスポットに行くには端に行く必要があるので、渡った後で右に曲がり直進します。

道中も写真に収めておけばよかった。

途中日本人じゃない、多分アジア系のご家族と思しき人たちが、音楽流しながらシート広げて花見ならぬ海見?を大人数でやってたので、この辺はアジア系の方が住んでる割合が多いのかもしれないですね。ばりこの辺に住んでますって感じの緩さだったんで。

そんなこんなで5分位歩いて端まで到着しました。

f:id:resyuta:20200804233612j:plain

山頂に雲がかかっててちょっと残念ですね。

でもなるべく自分が納得する写真を一つ撮りたかったので、少し時間を使う。

先に来ていたお兄さんにいい場所を抑えられていたので、我慢して別の場所へ。

f:id:resyuta:20200804234110j:plain

f:id:resyuta:20200804233935j:plain

波の画を入れようとするとどうしても手前の流木が写らざるを得なかったのでこれが限界でした。まぁ、仕方ないですね。

でも、実際に来れてよかったです。ここまで来ないと見れない景色を自分の目で見ることが出来たというのが一番の収穫です。

f:id:resyuta:20200804234806j:plain

f:id:resyuta:20200804235015j:plain

少し早めに駅に戻ったけどすることなかったので、適当に時間を潰す。

お店はなく、自販機があるくらいの駅なのです。

いや、駅前に小さい商店くらいならあった気がします。。。

 

大体いたのは30分くらいでした。

この後は、富山駅へ向かいます。

ぶっちゃけノープランなので、そこで少し休憩しながらこの先のことを考えます。

f:id:resyuta:20200804235903j:plain

電車も来たので乗って向かいます。

待ってる間ずっと韓国人か中国人のカップルor兄弟がガチ喧嘩してるのはキツかった。

1時間ちょっと乗って富山へ到着。

f:id:resyuta:20200805001611j:plain

駅舎。

富山駅の中に直接路面電車の駅があって、すごくオシャレでした。

車体もかっこよくてびっくり。

環状線らしいので、あれでぶらぶらするのも楽しいだろうなぁ。

いつかやりたい。乗ってないけどリンク。

www.chitetsu.co.jp

f:id:resyuta:20200805000311j:plain

富山でさえ自動改札(ICカード専用だけど)が導入されてるのに福井さぁ・・・

さて、今後の方針としてはここで一泊していくか、

明日に向けて北上するかの2択でした。

できれば、黒部ダムあたりも見たいよなぁなんて思っていましたが、調べてみると富山から行くより長野から行った方が近いし安い。というわけで没。

向かい辛過ぎる黒部ダム側に責任がある。

となると、「一泊してまで見たいものがあるか」という観点になる訳ですが、正直今個人的に気になるものはないので、進めるところまで進むことにしました。

時間的に新潟の直江津までは向かえるので、そこまで進んで一泊することに。

直江津へは上の写真にもある「あいの風とやま鉄道」を使用します。

ainokaze.co.jp

泊(とまり)駅というところで乗り換える必要があります。

運賃は2400円ちょっとでした。

富山駅を19時過ぎに出発して、乗車時間は2時間と少し。

最初の小田原‐大垣間のムーンライトながらを除けば、この旅一番長い乗車時間だったかもしれません。

地方+遅い時間と言うことも相まって、乗客はほとんどいませんでした。

確か、他に一人くらい。

ほぼ貸し切りみたいで逆にテンションが上がりました笑

そして21時半前に直江津駅へ到着です。

f:id:resyuta:20200805003117j:plain

それなりに大きかったけど、思っていたよりは小さかった。

ここからなら頑張れば佐渡へ向かえますが、今回はスルー。

この後もギリギリまで考えていましたが、料金もさることながらフェリーの移動時間がかかりすぎるので、遊びに行くのはまた今度ということで・・・。

いつかは行きたいですね。

ここから歩いて15分くらいの場所にホテルを取ったので、そこまで歩きます。

途中不思議な音が聞こえてくる。

恐る恐る音のなる方へ向かうと音の正体はなんとお囃子の音でした!

f:id:resyuta:20200805003523j:plain

お神輿だ!

どうやら、小さいお神輿を担いで町内を練り歩いていたみたいですね。しばらく眺めていましたが、最後は公園のようなところに入って見えなくなってしまいました。

お祭りなんて最後に参加したのはいつだったけな・・・なんて遠い目をして、振り返りながら本日宿泊するホテルへチェックイン。

 

明日はどんな出会いがあるのかとワクワクしながらこの日は就寝。

 

次は、新潟の弥彦神社へと向かいます。

f:id:resyuta:20200805001332j:plain

今までで見た中で一番好きな空。富山で出会えるとは思いもしなかった。

鉄道日本一周-<北陸編>⑥ 福井(一乗谷)、そして富山へ

こんにちは、10万円給付金の申請書が届かないしゅー太です。

任天堂switchでゼノブレイドやってるけど、面白いっすね。

昔やりたくてもできなかったので、今できて素直に嬉しいです。

switchがリングフィットアドベンチャー専用運動器具にならなくて良かった。

 

今回の記事前半分が一乗谷後半戦。

あとは富山へ移動するところ。

 

[2日目:2018年7月29日(日)AM 10:50]

朝倉氏遺跡を後にしてシャトルバスで向かったのは、朝倉資料館。

asakura-museum.pref.fukui.lg.jp

f:id:resyuta:20200619200945j:plain

こちらでは、発掘調査などで出土した国指定重要文化財を含む約500点もの出土資料が展示されています。とは言え、割とこじんまりとしているため、見て回るのに時間がかかるということはありません。30分あれば、ざっと見終わることができます。

以下、展示内容の例。

f:id:resyuta:20200619201746j:plain

以前話に出した朝倉駒の一つ。

朝倉駒とはここ一乗谷で出土した古いタイプの将棋の駒で、この『酔象』は「後ろ以外の全方向に1マス」に動くことができ、裏面に書かれている『太子』に成ると「全方向に1マス」動くことができます。マジ万能。

この『酔象』は読んで字の如く「酔っぱらった象」という意味または「発情して凶暴化したオスの象」と言う意味だそうです。仏教では凶悪な心のたとえに用いられる語とのことらしいですが、将棋に採用された理由も不明らしい。

この『酔象』を採用してここ福井で指された将棋を「朝倉象棋(小将棋の派生)」と呼びます。

※小将棋=今よく知られている将棋に『酔象』の駒を加え、取った相手の駒を持ち駒としない将棋

※朝倉象棋=再使用できない駒を『王将』と『酔象』に限定したもの。

 

他には・・・

f:id:resyuta:20200619213216j:plain

f:id:resyuta:20200619213435j:plain

※行火=こたつ

こんなのとかあります。

あとは、日用品や当時この辺りに数多くあった

寺院の宗教品なども多く出土されています。

周るのに時間はかかりませんが、見どころは沢山あるので、時間があればぜひ寄ってみてください。

 

 30分くらいで見終わったので、シャトルバスのタイミングもいいことから、

一乗谷あさくら水の駅」へ向かってみることにしました。

f:id:resyuta:20200624234347j:plain

画像は「道の駅 公式ホームページ」様より。正面写真撮り忘れた。

ここは、2010年に農業体験施設として始まり、2015年に「道の駅」としてリニューアルされました。

ここは5月頃のシーズンになるとホタルが見られるそうですよ。

確かに近くにきれいな川があり、雰囲気も合わさってホタルが似合う場所でした。

 

シャトルバスの運ちゃんから「買い物してすぐ戻ってくるなら待ってるけどどうする?」と聞かれましたが、少しダラダラするつもりだったので、お気持ちだけいただいて辞退しました。

・・・買い物して戻ってくるまで待つことができるということは、やっぱり普段からあんまり人が乗らないんだろうか。。。 

 

 とりあえず中に入っていろいろ物色。

こういう所って大抵ご当地サイダーみたいな飲み物があるからそれを探してみる。

すると・・・。

f:id:resyuta:20200624235859j:plain

あったよご当地飲料!

でかした!

その名も「一乗谷ジンジャーエール」!

地元で採れた生姜を使用しているジンジャエールとのこと。

暑かったので、休憩も兼ねて迷わず購入。

 

外に屋根付きベンチがあったので、そちらに移動してさっそく開封

小気味良い音と共にキャップが外れる。

それでは、いざ実飲。

 

おぉ!甘くない!

コンビニなんかで市販されているジンジャエールは「THE・ジュース」と言った感じで甘さバリバリですが、これはガチもんのジンジャエールでした。

ほのかな辛さを感じさせながらも飲みやすいお味。

これはおいしい。

味わうようにゆっくり飲んだつもりでしたが、あっという間に飲み干してしまいました。

甘いのは苦手という訳ではありませんが、控えめな方が好みなので、個人的には大変嬉しかったです。

これを飲めただけでも一乗谷に来た甲斐があったというもの。

ごちそうさまでした。

 

飲み終わった後も暫く涼む。

帰りの時間まではもう少し時間があるのでゆっくりしてました。

 

20分しないくらい休んだら、駅に向けて歩いて向かいます。

途中適当に写真を。

f:id:resyuta:20200628164653j:plain

休憩してた場所から。高い建物がないので空が何処までも広い。

f:id:resyuta:20200628164919j:plain

反対側も

f:id:resyuta:20200628165329j:plain

道の駅近くの水門。形が土地柄を意識していていいですね。景色と合わさって良き。

f:id:resyuta:20200628165530j:plain

ゆったり散策するなら好きな場所かもしれない。

f:id:resyuta:20200628165905j:plain

ミニチュアモードでの撮影。面白くて、しばらくこれで遊んでました。

f:id:resyuta:20200628170033j:plain

ほんとにおもちゃで撮っているみたいだ。

f:id:resyuta:20200628170146j:plain

とかしながら、時間を潰して電車が来るまで有意義に過ごす。

一乗谷の感想というか印象は「みんながイメージするまんまの田舎」「夏休みに帰ってきたい」って感じでした。

辺り一面9割緑でなんもないですが、時間がゆったり流れているというか、他に言い表しようがないほど長閑な場所でした。

日本には他にも似たような場所はまだまだあるだろうから、ぜひそういう所もめぐっていきたいという所感。

 

その後、12:00過ぎの列車に乗り20分ほどで福井駅へ帰還。

次の移動に入るとお昼を取るタイミングを逃しそうなので、ここらでご飯の時間。

お昼時だから混んでないところへ。

和食しゃぶしゃぶ おめでたい | フロアマップ | 「ハピリン」

まぁよくあるお食事処。

中々に暑かったのと、さっぱりしたい気分でもあったのでおそばを注文。

注文したのは、福井名物の越前そば。

強力粉を繋ぎとした蕎麦に大根おろしを乗せて出汁をかけたり(ぶっかけ)、大根おろしに出汁を加えてつけツユにして食べる(つけそば)など、大根おろしを利用することから、「おろしそば」とも呼ばれる。(Wikipedia参照)

とりあえず、”名物と言われているものなら旅先の飯としては無難でしょ”感の出るチョイスに安直さがにじみ出ている。

f:id:resyuta:20200705164047j:plain

量が少ないよ量がぁ

これでなんとお値段約900円!!!

まぁ、商業施設に入っている飯屋の値段としては適正だとは思うけど、これなら同じ建物に入っているバーガーキングで同じ値段出した方が、満足できたなとは思う。

お味の方は、まぁ普通にうまい。特につゆとおろしと鰹節が好きですね。

加えて言えばそばを不味くする方が難しいんですけどね。

やっぱり全体的にそばの量がもう少しあれば普通に満足だったんですけどね。残念。

 

さて、ささっとご飯を食べた後は、福井を脱出して北へ向かいます。

 ひとまずの目的地は金沢ですが、今回は観光はしません。

もう金沢単品で2,3回旅行に来ているので、ここに時間を割くくらいなら他に回そうという魂胆です。まぁ、乗り換えのために一度下車はしますが。

 

まだ1日しか使用していない18きっぷをなくしかけるというトラブルに対して無駄に体力を消費しつつ、北陸本線を使って北上します。

福井駅から金沢までは1時間30分かからないくらいなので、関東圏なら横浜駅から舞浜駅に向かうくらいの時間ですかね。

恐竜博物館などお残しもあるので、いつかまた来るよ、福井。

 

そして、道中は特に何もなく金沢へ到着。

乗り継ぎまで少しあるので、写真を撮ってました。

金沢駅を有名にしているこの鼓門もあり、金沢駅は世界で最も美しい駅14駅の一つに数えられています。

何度見てもいいですね。

f:id:resyuta:20200705170154j:plain

鼓門(つづみもん)

f:id:resyuta:20200705170057j:plain

金沢駅ー。

雨や雪の日はほんとにこの屋根の部分があるから濡れなくて便利。

今回は晴れの日だったけど、個人的に晴れの日に金沢に来るのは珍しいので、少しテンションがあがりました。

 

15:00くらいになったので、乗り継ぎ先へと向かう。

ここから利用するのは、IRいしかわ鉄道です。

www.ishikawa-railway.jp

これに乗って富山まで向かう・・・途中の高岡で下車します。

f:id:resyuta:20200705171239j:plain

(列車の乗り場は・・・)ここかぁ?

f:id:resyuta:20200705171352j:plain

青色の列車。日本海をイメージさせますね。

はい、第三セクターの鉄道です。JRではありません。

つまりここからしばらく18きっぷが使用できなくなります。

大体新潟に入るくらいまで。

f:id:resyuta:20200705173433j:plain

f:id:resyuta:20200705173508j:plain

いやほんと許されねぇからな???

 

まぁ北陸新幹線の開業の都合とかもあるから仕方ないんだろうけど、

金が必要以上に飛んでいく・・・。

フリーきっぷもあったけど土日祝日限定というピンポイントにいじめてくる仕様。今日が日曜だからぎりぎり使えるけど、元は取れないので諦め。

 

気を取り直して、目的地について。

目的地である高岡には2つの観光地があります。

一つは、瑞龍寺。伽藍配置の曹洞宗の寺院で国宝です。

もう一つは、高岡大仏。奈良・鎌倉の大仏に連なる日本3大仏の一つです。

 

どちらも有名どころで、押さえておきたい観光名所。

しかしながら、ここまで予定を事前に組んだチャート通りに進めてこなかったため、時間的にどちらか片方しか行けない事態が発生。もう裏目もいいところ。

高岡に1泊して、次の日も使うというのも考えましたが、この先で行きたいところに到着できるタイミングなんかを加味しながらルートを再構築したところ、残念ながらそれはできないという判断となりました。

 

地方の鉄道旅は列車の接続とその間にいかに観光をこなすかが肝となるので、この辺りを考えるのが楽しくもあるが、難しいところですね。 

 

金沢駅から高岡駅まで40分位ですが、ルート算出に時間をかけてしまったので、到着まではあと少し。

さて、どちらを選ぶにしても、もう時間がない。

しゅー太の決断はいかに。

 

というところで、今回はここまで。

次回はこの続きから。