こんにちは、しゅー太です。
7月に佐渡島に行ってきましたよ~。
遠いね。金掛かるね。でも行ってよかった場所でした。
晴れた2日目に大野亀訪れて、2日目に佐渡金山と矢島のたらい船体験に行きました。
地理感わかる人なら大移動だとわかるはず。
周りの同年代が結婚だの子供の出産だのワイワイしてる中、男一人旅でキャッキャしてる。
オタクあるあるですね。
日に日に社会からあぶれていく感覚に苛まれていますが、
残念ながら復旧できないんですよねーこの人間。とっくの昔に壊れているので。
これからも旅だけは続けていく狂った人形で居続けるでしょう、きっと。
・・・・頑張って生きて行こうぜえい!!!
この記事も今日で完結です。おめでとう。
[8日目:2017年8月7日(月)AM:9:00]
おはようございます。友人宅で起床です。
昨日の疲労はどこへやら。お布団って偉大だね。
単純に若さって説もある。
今日は山寺を友人と観光して、現地解散した後にそのまま仙台へ向かいます。
朝食は友人母に用意していただいたものをありがたく頂戴しました。
朝食を食べ、終え出かける準備をしていたら10時過ぎ。
友人宅から山形駅までは徒歩30分ほど離れているため、
友人母が車で駅まで送ってくれることに。
ほんと、その節は何から何までありがとうございました。
友人母と別れて10時半過ぎには駅に着きましたが、列車は11時なので
しばらくお土産を見て時間を潰す。
なんたって1時間に一本しかないからね。
11時頃の列車に乗車して山寺駅まで15~20分。

記事書いてる時にこの日の写真漁ってたんだけど、なんか一部撮った写真消えてるのなんで・・・・?
駅前でヤンキー座りしてるやつとかキメ顔でしたやつとか、山寺内で観光しててる姿写ったやつとか。
まぁ全部俺の写真だからここに乗せることはないんだけど。
でも、スマホとか別媒体にもないんだよなぁ。
この記事に不要だから省いたとかじゃなさそうなの気になる。
俺の妄想か?
転換転換。
話を戻して、山寺。
正式名称は”宝珠山立石寺(ほうじゅさんりっしゃくじ)”と言い、
天台宗の寺院になります。
第3代天台座主である慈覚大師(じかくだいし)円仁(えんにん)によって、
860年に建立されました。
大体いつ頃かと言うと858年にわずか9歳だった清和天皇が即位して、
平安京で866年に起こった応天門の変を契機に藤原氏の摂関政治が始まった頃くらい。
閑さや 岩にしみ入る 蝉の声
松尾芭蕉が詠んだ中でも有名なこの句は、おくのほそ道の紀行にて
ここ山寺に立ち寄った際に詠まれた句です。
頂上にたどり着くまでに寺院内にある石段数は合計1015段あり、
一段登るごとに身が清められると言われています。
言うまでもないですが修行ですね。
昔から歩くのは好きだったので、この手の山登りには自信がある。
でも隣の友人はかなり憂鬱そうでした。
前に来たことがあるからその時の嫌な記憶が蘇ったらしい。
可哀そうに。それはそれとして付き合ってもらうけどな。

入山料は当時300円。
今は500円となっていたので、この10年で200円値上がってるね。
とは言え、普通の値段の範囲だね。
道中の写真はほぼないです。
友人とおしゃべりしながら歩いてたからね。

高さは約4.8mもある巨大な岩。写真はその一部分の壁。
間近で撮ったからね。
全体像が収まるように岩を見た時に、長い年月をかけて背後の凝灰岩が風化して削れた岩壁の部分で阿弥陀如来の姿を形作っている・・・らしい。本当か?
それはそうと壁にキラキラ光っている円形のものがあると思うけれど、
これはみんな持ってる1円玉。
山寺ではここに限らず岩壁があるところでは
至る所に参拝者が押し込んでいった1円玉が埋め込まれています。
岩肌に刺すことで願掛けをするという感じ。
勿論俺もチャレンジ。

結構簡単に埋め込めました。
まぁ懸念があるとすれば願掛けしなかったので、ただ1円玉を置いてきましたおじさんになったしまったことですね。お馬鹿さん。
もし同じように願掛けをされる場合は、無理に押し込もうとして壁に傷をつけないように気を付けましょう。

御朱印はここで貰えます。
ここまでくればもうほとんど終わり。
登りと言う登りはありません。登山お疲れさまでした。
以外に早く登り切って疲労もなく「こんなもんかぁ」と思っていましたが、
隣の友人は息切れしてぜぇぜぇ言っていました。
足腰鍛えろ足腰を。
そこから少し歩くと五大堂というのがあり、景色を一望できます。


1015段もの階段で高い所まで頑張って登った甲斐があった。
晴れてたのも良かった。
やっぱり景色を望むなら一番よく見えるタイミングがいいよね。
この後は友人と記念撮影を何枚か。
自撮りあんま得意じゃないから全部任せたけどね。
写真撮ったら下山するだけ。友人はげんなりしてた。

おしゃべりしながらアイス食べて、駅まで帰る。
山寺自体の滞在時間は1時間ないくらいだった。
もっとゆっくりしたら1時間半くらいかかるかなって思う。
まぁでも普通に回ったつもりだったけど思ったより時間かからなかったな。

写真真ん中くらいにちっちゃく五大堂が見える。
こう見ると意外と高い所まで登ったんだな。
そしてここで昨日からお世話になっている友人とお別れ。
友人は山形へ戻り、俺は逆方向の仙台へ。
付き合ってくれてありがとう。
山寺駅から仙台駅までは約1時間。
次に来る列車は14時頃のものなので、その列車に乗って仙台へ。
列車が来るまで30分くらい付き合ってくれた友人ありがとう(2回目)。
仙台はこの旅2日目で観光しているので、どこかを見に行くという訳ではないですが、
前訪れた時にはやっていなかったイベントがやっているので、それをサクッと回ります。

仙台七夕まつり
毎年8月6日から8月8日に開催されている仙台のお祭りで、
東北三大祭り(青森のねぶた祭り・秋田の竿灯まつり・宮城の仙台七夕まつり)の一つになります。
七夕と言えば7月7日ですが、そこから一月遅れでの開催となっています。
仙台七夕まつりと言えば、このアーケードの派手な飾り!
一定の間隔で飾り付けされており、実際に間近で見るとその大きさや華やかさから、かなりの迫力があります。



めっちゃ人がいっぱいいた。
毎年200万人ほどの人が集まるそうです。
ちなみに噂では、七夕祭りを一か月後ろにずらすことで他の七夕祭りとの被りを避けたり、周りの東北夏祭りと足並みを揃えて集客で利益を上げるためとかなんとか。
あ、噂なんでね。信憑性とか風評被害とか受け付けませんでな~。




こいつ、毎年毎年いったい全国でどのくらい出張派遣させられてるんだろうね。
短期間でめっちゃ稼いで他の時期全部お休み、みたいな生活。
ちょっとうらやましい。
アーケード街やらその周辺やらをうろうろ。
30分~1時間くらいして16時。大体満足したので、駅前の方に移動です。
まぁ飾りを見るためだけに来ただけだしね。
一人で周ってるから、することも大してないねん。
この後は、仙台を出て宿泊地として福島県の郡山駅まで出ます。
夜にやってるライトアップ見ようかも考えたんだけどね。
明日は1日目にオリチャー発動のコストとしてスキップした
会津若松の観光を予定していてそっちの方が魅力的だったので移動です。
とりあえず、昼飯食べてないから移動前に仙台駅付近で何か食べようという算段。
仙台に詳しい友人に何がいいとか美味しえてもらいつつ、
あれがいいかなこれがいいかなとウロウロ。。。
している間に予定していた列車の時間が来てしまったので、
食事を断念して郡山行きの列車へ。
優柔不断な性格なのは自覚があるけれど、この旅の中で一番発揮されてしまったタイミングだった。
逆に言えば、この時くらいにしか出なくてよかったかもしれない。
大事な決断はきちんとできてる証だね。
たまたまだろ。
さよなら仙台、また何かの機会に。
この時以降仙台駅で降りることはあったけど、観光で立ち寄ったことねえなそういや。
ほんとに次はいつ観光で訪れるのやら。
郡山駅までは2時間半の大移動。ここに来てクソ長移動勘弁してくれ。
まぁ帰り道でもあるので受け入れざるを得ないけれど。
17時に出発し、19時半着。

お疲れさまでした。終点の郡山駅です。
駅前なーんもない。
ごめん、なんもないは言い過ぎた。
居酒屋・居酒屋・居酒屋ァ!!!キャバクラもあるぞ!!
変な持ち上げ方したけど栄えている方。見ろよ福島駅前が泣いてるぜ。
まぁ学生の時分で楽しめるものが少なかったって話で、
もしかしたら今行けば楽しめる場所めっちゃあるやん?ってなるかもしれない。
難点なのは郡山駅になんてもうそうそう行くことがないということくらい。
さて、どこに宿泊しようかという話なんですが、
この旅の中でネカフェ泊にハマってしまったので、今日もお世話になります。
12時間で2000円は魅力だ。
ただ、今入るのは少し早すぎるので郡山駅前を何をするわけでもなくフラフラ。
時間を潰して、20時過ぎにチェックイン。
さぁ明日のために準備をして寝ましょう、
と行きたいところなんですがここで一つ問題が。
実はこの時台風が接近中でして、しかも2017年の台風5号。
コイツヤバくて、7月20日に発生して、
発生後のスパコンによる予想進路が13パターン有った上に、
日本上陸までに死ぬほど迷走。
その上、奄美大島付近で停滞までかまして、8月7日に漸く上陸。
しかも、上陸後に南アルプスだかにぶつかった後に分裂して進路が複雑化するとか当時言われていたバケモン。
また、現時点の台風寿命ランキングでも「19日」として歴代第二位の記録を持ちます。
そんなアホバカ台風のせいで明日の行程をどうすうるか全く予定が立てられず困惑中。
とは言え、グダグダ言っても台風の進路をどうこうできる訳でもないので、
起きてから考えようの精神でいったん就寝。おやすみ。
[9日目:2017年8月8日(火)AM:9:00]
翌朝9時過ぎ起床。曇ってはいるが雨は全く降っていない。
(なんなら友人に連絡したら関東はカンカン照りとのこと)
うーん会津若松行くか迷う・・・。
行くことはできても今日帰れなくなりました、は非常にまずい。
経路上会津若松-郡山間の路線しか移動経路ないので、そこを潰されたら詰み。
タイムリーな話をすると、ちょうど2026年7月31日の大雨の影響で、
線路の盛土が崩壊した影響で会津若松-猪苗代間の運転を見合わせ(猪苗代-郡山間での折り返し運転)、8月7日からは会津若松-猪苗代間を代行バスでの交通を行うことになりました。(復旧は8月末までを予定)
もしこれが当時起きてたら本当に終わってたかもしれん。
だって明日はバイトがあるから。
こいつ、旅程ギチギチどころか終わった後もギチギチの月スケジュールで生きてるんだよね。
あたしって、ほんとバカ。
現在はどうやら山梨を抜けた所で日本海側に向かっているらしい。
どう考えてもこれからひどくなるし、進行方向丸被りで自ら台風に飛び込むことになるやんけ!!!!
という訳で帰宅します。会津若松はまた今度。
気分だけでも味わおうとせめてもの抵抗として、郡山駅前でクリームボックスを購入。
写真はないよ。しょぼしょぼしててそんな元気なかった。
クリームボックスは、食パンに白いミルク風味のクリームぬりぬりしたご当地パン。
甘くておいしいですよ。
最後の東北成分を摂取したので帰りましょう。お土産を買うのも忘れずに。
後はひたすら南下です。
途中天候に余裕がありそうだったので、宇都宮で下車して餃子を食べました。
無論腹いせです。
まぁ、ここまでくればね?後はどうにでもなるので。
という訳で、餃子を食べたところで本当の本当にこの旅は終わりです。
かかった費用は10万円ちょっと。
国内旅行にしてはかかった方だけど、9日間で割ったらそんなもんかって値段だと思う。
というかかなりお安めでは?
大きい所として、まぁ避けられない交通費が33000円ちょっと。
ホテル代が18000円で、ネカフェが7500円。
それらを除外して、大体実際当日に使った観光費が飯代込みで一日当たり4500円くらいになるから、こう見ると安いでしょ?
ホテル泊を全部ネカフェにすれば、10000円くらいは節約できただろうけど体バキバキになるわ。
単純に神経使って休めんってのもあるだろうし、やっぱりもう真似できない旅だなぁって思う。
いい旅の経験をした。
もう作ってないけど、辿った軌跡。
これをノンストップで8泊9日、もうこんな旅をすることないだろうな。
言うまでもなくめーっちゃくちゃ楽しかった!
未だに俺の人生の中でも印象に残るトップクラスの経験です。
この旅単品という意味でもそうだし、この後に続く俺がする旅のアーキタイプという意味でも。
それに「旅行に出る」というハードルをかなり引き下げてくれたきっかけの旅でもある。
もっと旅の深みにはまっている人たちからしたら”その程度”になるかもしれんけどね。
もう一度くらいこういう大規模移動を行う旅行したいけど、果たしてその機会はあるだろうか。
行きつく先が全て初めてだったからこそ輝く(印象に残る)旅でもあったから、
色々日本を回った後だとこの時のインパクトを超えるか分からんな。
それこそ世界一周でもしないとだけど、正直そっちはあまり興味がないんよな。
一度も行ったことないからって言うのもあるのかも。
経験したことないものにプラスの執着ってできないからね。
グダグダ書いても蛇足になるだけだし、この辺で〆ましょう。
シリーズ書き始めから2年も経ってしまったし、遅々として中々進まなかったけれど、
完結してほっとしてます。
残りの日本周った時の旅も引き続き記事にしていかないとね。
あなたやること溜まってるわよ。
それではまた次の記事で。お疲れさまでした。



































































・これね、意外とイケる。びっくりした。


・きなこ感、マジ半端なくあります。
・前もって「ココアだよ」って言われて飲んだら多分信じる。

・"アフォガード"味の薄い版。









































































































































































