しゅー太の奇譚回想記

興味の赴くままに、風のようにふらふらと

鉄道日本一周-<中国地方西側編>①島根

こんにちは、しゅー太です。
5月で28歳になりました。
もう30歳目の前だけど、実感というか「俺が30歳・・・?」みたいな自分の想像してた相応しさが付いてきてないので困惑しかない。
同い年の知り合いとか友人とか結婚したり子供つくったりしてるから余計にね。
仕方ないけど。

さて今回変なタイトルだけど、センスいいものが思いつかなかったわ。

なんでこんなことになったかと言うと、
この日本一周の初めの旅が名古屋から京都、岡山と移って島根鳥取経由でぐるっと回って京都に帰ってくるみたいなルートで観光したんですよ。(2016年に。)

で、この時、中国地方の東側ともいうべき個所を巡って山口方面を残してしまったので、今回はそこを埋めようという趣旨の旅になりました。
でも山口だけを観光したわけではないのでタイトルがこうなんというか微妙な感じに。

許してくれ。許された。

今回の旅は2023年の1月8日(日)~1月10日の(火)の3日間での旅となります。
1月10日は平日だったから仕事休んだ。

ちょうどANAのスーパーバリューセールで日本国内どこでも片道7000円弱で行けたので、これを使わない手はないということで近くまで飛行機で向かうことに。
ただ予約争奪戦に乗り遅れたので、片方はもう平日でしか取れなかったので泣く泣く火曜を休みにした。と言う訳。

"鉄道日本一周"なのに飛行機はありなのか?って話ですが、
ここまでの旅のおかげで合法合法。
日本一周の達成条件が『一筆書き』。
今回島根県の松江スタートで九州方面に山口県の上(日本海)側を経由して、ぐるっと下関で折り返し。
そのまま今度は下(太平洋)側を通って岩国(広島手前くらい)まで出るのですが、
一度松江も岩国も鉄道で通ったことあるので、もう攻略済み。
つまり2回目なんで省略しようという話。
そもそもそんなこと誰も気にしてねぇんだよな。


[1日目:2023年1月8(日)AM:8:30]
飛行機で島根に向かうために羽田へ。
もう少し早めの飛行機もあったけど、始発だと余裕がないためこの時間。
前日仕事でどれだけ遅くなるかわからん上、遅くなった時翌日起きられるかマジで怪しい。
実際寝られたのが当日の午前2時だったから余裕持っててよかったよ本当。
朝飯は空港の売店で売ってた空弁。飛行機に乗る前の待ち時間で食べた。
空弁って言っても崎陽軒のシュウマイ弁当なんだけど、間違えて買ったという
ピラフって書いてある札の真下にあったのにね。いいねぇと思って買ったらピラフじゃなかった。流石にピラフって思うでしょ!
いちいち裏の説明なんか見ないよ・・・。
おいしかったけど。

ここから島根まで1時間半くらいの空の旅。
機内では特にすることもないのでおねんねの続き。
飛行機、早くて快適で便利なんだけど、いかんせん新横浜に比べて羽田まで時間がかかるし、搭乗手続きもあるから1時間くらい前には空港に着いておきたいよね。
家で荷詰めの時に飛行機に持ち込んで平気なものか確認しておくものがあるのも怠い。
まぁ最後のは慣れてないのが悪いんだけど。

事情と言うか総合的な楽さを考えると個人的にはまだ新幹線に分があるかなぁ。
今回みたいに辺鄙遠いところに行くなら「飛行機じゃないと・・・」とはなるよね。
飛行機だからこその旅先チョイスという訳でもあったんですが。

10時45分に島根の米子空港に到着。
正式名称は『米子鬼太郎空港』。
なんで鬼太郎の名称が入るのかと言うと、『ゲゲゲの鬼太郎』作者である水木しげるさんの地元がこの米子空港のある境港市になるからなんですね。

米子空港ターミナル前。バスも水木しげる仕様。後で触れます。

ちなみにこの旅では寄りませんが、米子空港より奥(日本海側)に進んでいくと水木しげるロードと言う場所があります。
車で回ることがあれば寄りたいね。

行先ですが、まずここ米子空港からいったん松江市まで出ます。
目的地は松江城
松江城には松江駅からバスで向かえるので、そこまで移動します。

前回島根に来たときは時間の都合で寄らなかったので、次島根に行くことがあれば絶対に寄ろうと考えていた場所。
絶好の機会なので寄らない選択肢はないです。
次いつここに来るかマジでわからんし。

松江駅への移動には高速バスを使用します。片道1000円。
バスは先ほどのゲゲゲの鬼太郎のラッピングがされたバスでした。
乗り場は4番乗り場から。

このバスに乗りました。賑やかでいいね。

もう一種類ある。最初間違えてこっちに乗ろうとしちゃったのは内緒。

飛行機を降りてからバス停に向かう道中にバスの乗車券を購入する場所があるので、そちらでチケットを購入してからバスに乗車しましょう。
乗る前に一応確認されたので、買い忘れた、とかにはならないはず。
それに確証はないけどこういうバスは最悪直接現金支払いができたはず・・・。
まぁ買っておくのがトラブルもないのでよいでしょう。

ここね。

乗車時間は大体1時間。
空港からは列車での移動もできますが、バスの方が若干早い。
あと安いのと、飛行機を降りてからバスが出発するまでの待ち時間が少ないので、特別な都合がない限りはバスでいいと思います。

乗車券も買ったし準備OK

ちなみに松江駅行のこのバスに乗車したのは自分を含めて2人でした。
普通レンタカー使うもんね。レンタカーの受付周りにはそこそこ人はいたし。

松江駅前に到着。

11時ごろに出発して10時50分ごろに松江駅に到着。
どうやら少し前まで雨が降っていたらしい。まぁ米子空港でも天気悪かったしね。
幸いなことにもう雨は降ってないので、影響はなさそう。

駅前から松江城までのバスが出るのは25分後くらいだからしばし待つ。歩くよりはまだ早い。
とか思いながら待っていたが、時刻表の時間が過ぎて時間が経てども経てども全然来ない
なんかあったのかもしれないが、
遅れてるならせめてアナウンスくれ
他の手段なり方針変えるなりできたんだよ。

大体11時に着いたのにバスが駅前に来たのは12時前。
時間決めて動いてるから1時間のロスはかなりきつい。
開幕バッファの使いつぶしもそうなんだけど、ゆっくり観光する時間もそれだけ減るってことだからね。

気を取り直して、降車するバス停は『国宝松江城・県庁前』。
静岡県庁もそうだけど、昔中心になった城の近くに県庁は多いです。
福井県はまんまお堀の中だけど。
明治初期の廃城令とか廃藩置県とかで体制が変わったとはいえ、既に発展してる場所をそのまま使うのは合理的と言うか当たり前だしな。

県庁前に到着。ここからは少しだけ歩き。

お城周りのお堀と。綺麗だよねー。

松江城は1611年に築城され、今日の日本で希少な現存する天守を持つお城になります。
現存する天守閣を持つお城は日本全国で12城しか存在せず、有名なものであの姫路城が該当したりします。
大体のお城の天守閣は復元だったりする。

松江城の特徴はその屋根です。
お城の屋根には装飾目的でつけられる破風(はふ)というのがあります。
松江城には入母屋破風(いりもやはふ)と呼ばれる破風がありますが、昔は別の破風がつけられていた痕跡が見つかっています。
元々は千鳥が羽を広げたように見える『千鳥破風(ちどりはふ)』がつけられていたらしく、建築から100年ほど経った時に大改修が行われその時に現在の破風に置き換わったものと考えられています。
この破風が東西南北の四方に付けられていることから”千鳥城”という別名が付けられたんですね(と僕は考えています。)
なんかいろんな記事漁っても「入母屋破風が千鳥に見える」とかバラバラなこと言ってたり、明確なソースが載っているサイトとかなかったんだもん。
ちなみに千鳥城の由来には諸説あって、近くに千鳥が生息しているから、とかもあります。

という訳で入っていきましょう。

天守の場所までは少し階段を登った先にあり、そんなにきつくない階段を少し登ることにはなります。

松江神社

階段を上がった先、すぐ近くに松江神社があります。
松江神社は松平直政という出雲松江藩の4代目藩主を祭神とした神社で、松江城天守閣が1611年に完成したことを証明する祈祷札が見つかった場所で、この祈祷札のおかげで松江城が国宝指定されるに至りました
そういう意味でとても重要な場所になっています。

レトロな建物もあるよ

その奥には『興雲閣(こううんかく)』と呼ばれる建物があります。
こちらは島根県の指定有形文化財に登録されており、明治天皇の行在所に使用する目的で造られた内装は豪華な仕上げとなっています。
中にはカフェが併設されているので、小休憩にはちょうど良いですね。

階段を登って左手にこれらがあり、松江城は右手側にあるのでサクッとこれらを見た後そちらに向かいました。

では待ちに待った入城タイムです。

入城料は680円。まぁまぁまぁ。
そして画面左手をご覧ください。
こちらにいらっしゃいますのは黒の装束に身を包んだ忍者お一人様にてございます。
・・・忍者なんで?

実はちゃんと理由があるんですよねこれが。
この松江城を築いたのは堀尾吉晴という人物なのですが、彼が静岡の浜松にいた頃、1581年に織田信長が起こし伊賀衆に壊滅的な被害を及ぼした"天正伊賀の乱"の際に伊賀から逃れた忍者たちを召し抱え、その後松江に連れ帰ってきていました。
彼らの松江での職務は城下町の治安維持で、後に天下分け目の大戦である関ケ原の戦い大坂夏の陣などに参戦している者もいます。
このように実は松江も忍者と関りのある場所でもあると言えるんですね。

イベントのためにしっかりした建前で忍者を持ち出せるお城でよかったね。

じゃあ中を見学した時の写真垂れ流し。僕のお家芸

天守に付いていた木造の鯱

今、現存天守に付いている鯱は昭和の修理時に作り直されたもの。
こうして古い方は展示品として城内に配置されている。

お城の備蓄場所。

実際には結構暗い。
カメラのフラッシュ焚いたり、ISO感度上げて頑張って撮ってた。

階段はいつも通り傾斜が強い。

例に漏れず松江城も登るのは苦労するかも。
元々こういう階段はお城に侵入された時、敵を迎撃しやすくするための作りになっているので、快適じゃいけないんですよね。
だからまぁ仕方ない。
引き戸が付いている場所もあるよ。

てっぺんだよ。

広くはないので割と早々に頂上に到着。
四方の景色を眺め終えて今度は下る。
全体で大体30分くらいかな。
満足度はまぁまぁ。どうしても入城料との釣り合いを考えてしまうのは悪い癖。

次の目的地に向かうバスまではまだ30分ちょっとあるのでお城の周りも散策することに。

松江護国神社

徒歩5分、お城の裏手にある松江護国神社
昭和14年に創建され、明治維新後に国のために殉死された松江・隠岐地方の戦没者の方々を祀る神社で、延べ2万2千人ほどが祀られています。

少しもの寂しい空気がある。

正面から

幟にも書いてありますが、絵馬等にも"大勝利"と言う文字が書かれています。
そのため、スポーツや学業(受験)などで祈願に訪れる方も多いようです。
実際に絵馬の内容がそんな感じだった。
多分、戦争関連の名残なんだろうなぁと境内をぶらぶらしながら思っていた。
あ、御朱印ももらえますよ。

そして、松江護国神社のほぼ向かいにあるのが、

いなり~。でも入り口だけは狛犬

城山稲荷(じょうざんいなり)神社
1638年、この年新しく松江藩主となった松平直政徳川家康の孫)の枕元に稲荷真左衞門と名乗る美少年が現れ、「城内に住処をもらえれば城内だけでなく江戸城を含めあなたをすべての災いから守りましょう」という趣旨の言葉を伝えて消えました。
直政はこの少年が稲荷大神が姿を変えた姿だと思い、早速城内に稲荷神社を建てた、と言われています。
その稲荷神社がこの神社という訳ですね。

前も濡髪大明神の時にもあったけど、なんで日本の伝承には美少年とかいう性癖がちらちら出てくるんだよ
"美しい女性"とかはよくあるけど、"美少女"とかあんま見ないしやっぱり変態大国NIPPONということか・・・。

こんにちは

コンコン

入ってすぐからキツネさんがお出迎え。
ここには数えきれないほどのキツネの像等があります。
きゅんポイント。キツネ好きにはたまらないな。
拝殿までの道のりは真っすぐなので迷うことはないです。

階段は結構ある

こちらが拝殿

松平直政が家康の孫と言うことは、徳川家の人間なので『三つ葉葵』の家紋がありますね。

かわ

こんなところにも

拝殿周り四方を囲むようにずらっとキツネが。
それはもういたるところに。
とは言え長い間外に晒されているので崩れているのとか苔が覆っているのとかもそれなりにいます。
でもこんなにキツネを拝める場所は行ったことはなかったので圧巻でした。
なんとなくの散策だったけど、寄ってよかった。

さてそんなこんなしてると乗車予定のバスの時刻までもう時間がない。
少し早歩きでバス停まで戻る。

ところで話が少し逸れますが、旅先で困ることにバス停の場所がわからないとかどのバスが目的地に向かうのかぱっと見わからないというのがあると思います。
特に京都に行って市内観光の際にバスを使ったことのある人ならわかるんじゃないかな。
北海道の北竜町に行く際に使った「深川十字街」バス停とかいくつも同じ名前のバス停があって、事前の調べだとどの乗り場からのバスが向かうのかわからなかったということもあったね。
仕方ない、そう旅にはこんな仕方ないことが起こるんです。

ちなみにこの後の予定はこのままバスに乗車して一畑電車("いちばた"と読む)という鉄道を使うために一番近い駅である松江しんじ湖温泉駅に向かうつもりでした。
通称バタデン。かわいい。
そして13時半過ぎの電車で島根と言えばここ、出雲大社に赴くルートを計画していました。

まぁ前振りはここまでにして。
はい、乗車するバスを間違えました。
いや、バス停は間違っていなかった。ただ、バスに間に合わないかもと慌ててたのと事前に調べてメモったデータを調べる余裕がなかったのがよくなかった。
同じくらいの時間帯に別のバスが来るのが罠だよ。
乗った後、いつまで経っても向かうべき方向に行かないし、もう着いてもおかしくないくらいの時間なのに全然その気配すらない。
おかしいなおかしいなとか思っているとついに松江駅前まで戻ってくる始末。
薄々気が付いてはいた。
「もしかして間違えた・・・??いやいやまさか。はっはっは。」と目を逸らしていた現実も松江駅を見てしまったからには受け入れざるを得ない。
だって乗る予定のバスは松江駅に行かないもの。

仕方がないので松江駅で降りる。
バスの中で必死にリカバリ案がないか探してたけどバスは間に合わなさそう。
出雲大社に行く方法としてはバタデンの他にJRで出雲市駅まで出て、駅前からバスで向かうこともできるけど、到着するの遅くて観光に回せる時間が結構減ってしまう。
となると選択肢は一つ・・・。

Hey!!!
TAXIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!!!


緊急事態なのでね、使わせてもらいますよ。
(社会人として働くようになってからマジで躊躇わなくなったなとしみじみ。)
運ちゃんにお願いして松江しんじ湖温泉駅まで向かってもらうことにしたが、時間的にはまぁぎりぎり。

電車に乗る10分前に着く予定だったけど、その時間に今松江駅にいて、ここから松江しんじ湖温泉駅まで約10分かかる。
運ちゃんも微妙顔。「信号次第だねぇ」。
まぁこちとら祈ることしかできないので信じて乗るだけ。
ダメなら仕方ないけど、予備プランに切り替えればいいしね。

結果としてはなんとか無事間に合いました。
助かった。

到着したの出発の2,3分前とかだったから結構ギリギリだったけど。
乗れたのでセーフ。
1100円払って下車。運ちゃんありがとうね。

危ない危ない

前に来たときは上にも書いた出雲市駅からバスで出雲大社まで行って、帰りにバタデンで出雲市駅まで帰ったからこの鉄道を使うのは初めてではないけど、始発駅からは初めて。
出雲大社最寄りは出雲大社前駅。ここは終点に当たるので、何気に始発から終点まで向かう乗車になる。久しぶりだな、これ。

じゃあ、出発

運賃は820円。移動時間は1時間ほど。
なんだかんだバタバタしてたので、ちょっとゆっくりできる。
お昼は食べる時間はないけれど。

車窓からの宍道湖。海だよな言われなきゃ。

宍道湖は日本で7番目に大きい湖で、約1万年前にできたそう。
日本百景にも選ばれています。

ついった

揺られて1時間。出雲大社駅前に到着。
ここから少し歩いて出雲大社まで向かう。

駅舎

かわいい。
本当は"旧大社駅"と言う国鉄時代存在した大社線の駅を見に行きたかったんだけど、ちょうど保全修理中で全体がシートで覆われていて見ることができなくなっているようなのであえなく断念。
前来たときは存在を知らなくて見に行けなかったから、次こそはって思ってたのに・・・悲しい。

前回は朝8時くらいに来たこともあってほとんど人がいなかったんだけど、まぁ15時前。
結構混雑してた。
とは言えまだ日本人が多かったからコロナ前と比べたらかなりマシな方なんだろうな。
駅から大社までの通りは食べ歩きとかふつうの飲食店などが立ち並ぶ参道になっているので、ぶらぶらするのも十分楽しいと思います。
何も気にせず大社まで向かうなら5分くらい歩けば着く。

出雲大社です

出雲大社
人が途切れなく出入りしているので綺麗には写真取れなかったけど、仕方ないね。
出雲大社の正門で勢溜(せいだまり)といいます。
勢溜の本来の意味は「軍勢が集まりひかえている所」を指し、武者溜まりとも言います。
江戸時代頃はここに芝居小屋があり、たくさんの人が集まったことが由来となっているらしい。

大社拝殿までの道のり

入口の鳥居で一礼してGO。

ムスビの御神像

大国主神がまだ神様になる前、修行中の身である時に海から来た「幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)」から「おかげ」を受け取り、神性を養われ「ムスビの大神」となられた・・・という話があり、これはその「おかげ」受け取るシーンを表しています。
※幸魂・奇魂は和魂(にぎみたま)とに分類され、神様の温和で平和的な面を持つ霊魂で、反対に荒々しい面を持つ荒魂(あらみたま)という霊魂も存在します。

んじゃあまぁ、お参りしましょ

勢溜から真っすぐ来ても5分くらいはかかる。
言うまでもなく境内は広いです。
ちなみに写真には取りませんでしたが、境内のあちこちにウサギの石像が配置されています。その数現在66体とのこと。たくさん。
因幡の白兎」と言うの前には聞き覚えがある人が多いのでは。
因幡の白兎」とは、先ほども登場した大国主神も登場する古事記のお話になります。

大国主神にはたくさんの兄弟がいましたがこの兄弟たちに大国主神は嫌われていました。ある時因幡の国の八上比賣(やがみひめ)に求婚しようと思い、大国主神に大きな袋を持たせ従者のように引き連れて出発しました。
大国主神は一番後ろからついていっていたのですが途中、「気多(けた)の前(鳥取市白兎(はくと)海岸近傍の岬)」に来た時、体の皮が剥がれたウサギを見つけました。
どうしたのかと話を聞くと、
隠岐の島からこちらに渡る手段がなかったので、和邇(ワニ、若しくはワニザメのこと)を騙してどちらの仲間が多いか数えよう、一列に並ばせてその上を踏んで数えよう、と言い数えるフリをしながらこちら側まで渡ってきた。最後今にも地に足をつけようとしたときにお前たちは騙されたのさ、と言った瞬間最後の和邇に捕らえられて皮を剥がされてしまった』らしい。
体の皮を剥がされたので傷をいやすにはどうすればよいか先の兄弟たちに尋ねたところ、『海塩を浴び山の上で強い風と日光にあたって、横になればいい』と言われたので言われた通りにしたがますます傷がひどくなってしまったとのこと。
そこで大国主神は『今すぐ真水で体を洗い、蒲(ガマ)の穂を敷いてその上で転がって花粉をつければ元通りに癒えるだろう』と告げました。教えられたとおりにするとウサギの体はすっかり良くなりました。
そのウサギは『ほかの兄弟たちは八上比賣を得ることはできないでしょう』と言い、八上比賣もほかの兄弟たちの求婚にはそっけなく対応し、大国主神を選びました。

という因果応報を教えるお話。
うーん、相変わらずウサギが畜生すぎる。
こんな感じで結びつきがあるのでウサギの像がいっぱいあったりするんですね。

拝殿の注連縄

ここじゃなくて神楽殿の方の注連縄はくっそでかいです。
何故か写真にはなかった。無能。
見たい人はホームページから見てね。。。
拝殿でお参りして、次はその奥へ。

こちらでもお参りしていきましょう。

本殿前

祭神はもちろん大国主神。国造りの神として有名。
この神様沢山別名持ってるんだよね。だから出典によって表記が全然違ったりする。
出雲大社には神無月に全国の神様が集まって祭儀を行う(神様が人の生活に関わることを含めていろんなことを決める)と考えられており、そこから転じて男女の仲だけでなくあらゆる分野での縁結びを司る神様として今では広く知られるようになりました。

ちなみに前に来た時も祈願したんだけど、まだですかね??


出雲大社の創建に関しては様々な伝承があるが、「天津神(もしくは天皇)に命じられて大国主神が住む(祀られる)宮を造った」と言う点が共通点となっています。

余談。
日本神話にはいくちか界層が存在し、
天上界にある『高天原(たかまのはら、たかまがはら等とも
人間の住む地上界『葦原中国(あしはらのなかつくに)
地中に存在する『根の国』『黄泉
などがあります。

天津神(あまつかみ)』はこのうち高天原にいるもしくは葦原中国に天下った神々の総称のことを言います。
また古代の神の分類にはもう一つあり、『国津神(くにつかみ)』と言い、葦原中国に現れたり、天津神の後裔だったりする神様のことを指します。
※"津"とは"の"を表し、それぞれ「天の神」、「国の神」といった具合になります。一気にわかりやすくなったんじゃないですかね。

九州一周編で取り上げた天岩戸は高天原にあったとされるので、「日本神話(の一部)は実際にあったことで、高天原も実在する場所なのではないか」と研究する人たちもいます。
高天原、と名前が出てくる場所沢山あるらしい。

話を戻して。
自分もお参りで今回も恋愛的縁結びを祈願する。
いつか花咲く時が来るのだろうか・・・。

今回はちょっとこの近辺で寄りたい場所があったので、そちらへ歩いていきました。
出雲大社を出たら西へ、日本海側へと進行する。
目的地はその日本海の海岸「稲佐の浜」。
歩いて15分くらい。一応バスもあるけど時間がまちまちっぽいので歩いた感じ。

道路に沿ってひたすら真っすぐ。海が見えてきた。

カップルがなんか多かったわ。出雲大社ついでだとそうもなるか。

出雲大社からおよそ1㎞のところにある。
日本神話の国譲りや『出雲国風土記』の中で出てくる神話国引きの舞台になります。
(国譲り神話は天津神国津神から葦原中国を譲り受ける話。この話の中で大国主神が、国を譲る代わりに宮を立ててもらうよう要求する。先の内容に出てきた出雲大社の成り立ちの一つです。)
実際には国譲りの舞台は奈良かもしれないらしいという豆知識をちりばめて置く。

稲佐の浜のメインはなんといっても弁天島
かつてははるか遠くの沖にあったらしいですが、今では砂浜が広がり歩いていける距離にまで。
かつては名前の通り弁財天を祀っていたそうですが、今は豊玉毘古命(とよたまひこのみこと、海神(ワタツミ)の娘。名前の通り海神は海の神。)を祀っています。
弁財天は仏教、それが日本の神様に置き換わったということは・・・?

はいここでも出てくる神仏習合
明治まで弁財天、明治以降は神仏分離で日本の神様になったということですね。
どっかで触った気がします(多分福井とか言った際の記事かな)が、弁財天は元々ヒンドゥー教の女神サラスヴァティーが仏教に取り込まれた結果生まれた存在で、
元々のサラスヴァティー川の名前から取られています。
そのため水辺の近くで祀られることが多かったそう。だから弁財天も同じような属性を持っています。
そして日本の神様である宇賀神と混じって蛇の属性も巻き込まれて、原典には特徴がみられなかった弁財天の使いが蛇になっていって、蛇が好んで住んでいた水辺をイメージさせるだけでなく蛇は豊穣(男根)をイメージさせるから稲作に必要な水辺と結びつくようになって・・・
とごちゃごちゃとして行きます。詳しいことは専門家に聞け。追えないよこんなん。

閑話休題

くだらない話は置いておいて、せっかくお参りできるならここもして行こうということで訪れた次第。

後光がうまい具合に入ってくれた。ありがてぇ。

ちょっとした高台からの別アングル。

お気に入りのナイスフォトも取れたので満足。この旅の中でもかなりのベストショットに入るわね。
風はもちろん強かったです。


お参りが住んだら少しだけ海でたそがれて大社の方まで戻ります。
いい感じの電車の時間が近づいてきたので。

全然関係ない話題ですが、
"黄昏時"と言ったりしますがのその語源は「誰そ彼」。
夕方になって人の輪郭がぼやけて誰かわからなくなる、そんな時間。
一方で明け方に人の見分けがつかなくなる時間帯を"彼誰時(かわたれどき)"。
「かれ(わ)たれそどき」とも。

「誰そ彼」で「誰だあれは」。
「彼そ誰」で「あれは誰だ」。

同じ単語を逆に使って朝方と夕方を表すのは言葉の面白いところですよね。
君の名は。』で知ったという人が多いであろう言葉なんじゃないかな。

活気のある参道。綺麗に整備されてて歩きやすい。

大社まで歩きで戻ったら、またバタデンを使って今度は出雲市駅まで出る。
出雲大社駅から出雲市駅に向かう際(出雲市駅から向かう際にも)には、『川跡(かわと)駅』での乗り換えが必要になります。
バタデンには"大社線"と"北松江線"に分かれており、この川跡駅を経由しなくてはいけません。
バタデンで向かう際には乗り換えを忘れないようにしましょう。

一畑電車ホームページより

出雲大社前駅横にある。自由に見学可能でしでし。

16時前のかわいくラッピングされた電車でGO。

噂の川跡駅。オレンジの電車に乗り換え。写真は乗り換えた後。

川跡駅のホームは未使用の1つを含めて4つありますが、多分初めて行くと「乗り換え・・・?何番ホーム???」となる確率大なので、アナウンスはしっかり聞いておきましょう。割と何回か駅でもアナウンスがありますが、イヤホンとかしてたら聞こえないからね。

運んでくれてありがとう。

全体の時間は大体30分しないくらい。
乗り換えで前後するかなって感じです。

これがバタデンの(電鉄)出雲市

バタデンの出雲市駅からJRの出雲市駅までは隣接はしていますが少し歩きます。

こっちがJR出雲市駅。駅舎が大社に合わせた造形。

この後は進めるところまで進んで、明日の行動を少しでも楽にする。
時間的には16時30分くらいだけど、電車までしばらくあるので食べてなかったお昼も兼ねて近くにあったモスバーガーに入る。
宿とかまだ決めてなかったから、Wi-Fiのあるところがよかったんだけど、ここしかなかった。

モスバーガーって注文してから作り始めるのが売りだし、めちゃめちゃ旨いんだけど、
普通に高いんだよな。
普通のバーガーとサイドメニューのポテト、ドリンクで1000円近くして笑っちゃった。
最近マクドナルドも値上げして手軽さがなくなったけど、もう気軽に利用するっていうお店じゃないんだろうな。

18時ごろ出発するので、1時間半ゆっくりお宿探し。

その間ご当地グルメ食ってねぇなぁとか考えてた。
前来た時に出雲そば食ったしいいか的な思いもあったからモスで全然妥協したんだけど。

お宿も無事決まり列車が出る時間も近くなったから、退店。
モスバーガー利用したの人生で2回目だったし、なんなら前回は5年くらい前とかそんなもん。
次利用するのはいつになるのかな。好きなのでバーガーキングでいいです。

どこまで行くのかと言うと益田駅と言う駅。
始発駅になる出雲市駅から出て終点の一つに当たる駅。
乗車時間は3時間。いつもの旅らしくなってきたな!!

列車の中はなんだかんだ制服着た学生だったり、遊びに行っていたであろう若者の姿がチラホラ見られた。
なんなら乗ってた時間の半分以上一緒だった人たちもいた。
その子らも益田駅で降りたんだけど、やっぱりそこそこ遠出しないと遊べるところがないんだろうなぁ・・・と。
同情はしないけどやっぱ地方格差えぎぃとは思った。

到着。真っ暗。

21時過ぎに着いて、宿まではここから10分くらいの場所。
途中コンビニがあるので、そこで晩ごはんを調達。
朝ごはんはホテルのバイキング。
思ったより疲れはしてるはずなので、さっさと宿に入って飯食って寝るぞ。

という感じで1日目終了。
トラブルはありつつも行きたかった箇所全部回れたので満満満足。

残り2日間も何もないといいな・・・。と言う懸念を胸の中にしまいつつ就寝。

2日目は萩観光です。
ではまた。


余計な事書きまくって1万字超えてるんだけど。
アホなんか??